インドの金担保融資大手Muthoot Financeが2026年9月、ラジオ番組企画『Sunheri Soch』の第5弾を始めた。載せるのは自社商品の説明ではなく、実際の顧客18人の身の上話。これを北・東・西インドの97のラジオ局で、158人のラジオパーソナリティ(RJ)が9か月かけて回す。テーマは「Sona kya nahi kar sakta(金に、できないことがあるか)」。インドのラジオは広告費の取り分で見れば小さい媒体だが、Muthootはそこに自社の最も長い企画を置いている。地方の客にどう届けるかを考える日本企業にとって、媒体選択の実例として読める。
発表されている仕様を並べる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 企画名 | Sunheri Soch 第5シーズン |
| テーマ | Sona kya nahi kar sakta(金に、できないことがあるか) |
| 題材 | 実在する顧客18人の体験談 |
| 放送局数 | 97局 |
| 出演RJ | 158人 |
| 対象地域 | 北インド・東インド・西インド |
| 放送期間 | 9か月(2026年9月開始) |
| 主な局 | Radio City 91.1 FM、Red FM 93.5 FM、MY FM 94.3 FM |
共同マネージングディレクター(Joint Managing Director)のAlexander George Muthoot氏は「金は資産であるだけでなく、機会への入り口だ」と述べ、企画の狙いを個人の粘りと回復力を称えることだと説明している。Chief General ManagerのAbhinav Iyer氏は「Sunheri Sochは我々にとって思い入れの深い企画で、実在の人と本当の達成を取り上げるものだ」と語る。
注意しておくと、第5シーズンという数え方が示すとおり、これは単発の広告ではない。シーズンを重ねて続く番組枠であり、9か月という長さが前提になっている。
Muthoot Financeは銀行ではなく、NBFC(ノンバンク金融会社)だ。主業は家庭にある金地金・金装飾品を担保に、短期の現金を貸すこと。インドの家庭は金を資産として持つ習慣が強く、土地の権利書や給与明細を出せない層でも、金なら持っている。信用履歴がなくても担保の重さで貸せるので、銀行口座を使いこなしていない層にも金が回る。
2026年3月期(FY26)の単体の実績は、運用資産残高が1兆6,282億6,000万ルピー(約2兆6,700億円)で前期の1兆864億8,000万ルピー(約1兆7,800億円)から50%増。税引後利益は1,013億4,000万ルピー(約1,664億円)で、前期の520億1,000万ルピー(約854億円)から95%増えた。年度中に177拠点を新設している。グループ全体の数字としては、同社が自社説明で7,500超の拠点と、1日あたり25万人超の顧客を挙げている。単体とグループで桁が変わるので、どちらの数字かを見てから比較する必要がある。
(1ルピー=約1.64円、2026年10月6日時点のレートで換算。1 crore=1,000万ルピー、1 lakh=10万ルピー)
つまり、この企画を出しているのは成長の途中で現金を持っている会社だ。ラジオに9か月出す体力があるかどうかではなく、ラジオを選ぶ理由があるかどうかを見るべき相手になる。
インド電気通信規制庁(TRAI)が2026年6月26日に公表した2026年1〜3月期の業績指標報告によると、民間FMラジオの広告収入は同四半期で41億4,030万ルピー(約68億円)。前の四半期(2025年10〜12月期)の41億9,290万ルピーから1.3%減っている。
一方で局の数は増えている。2026年3月31日時点で稼働する民間FM局は120都市の390局。3か月前の2025年12月31日時点では113都市の385局だったので、都市数が7つ、局数が5つ増えた。事業者数は31社で変わっていない。期中にはDB Corpが7都市で7局を新規に開局している。
| 指標 | 2025年10〜12月期 | 2026年1〜3月期 |
|---|---|---|
| 民間FM局の広告収入 | 41億9,290万ルピー | 41億4,030万ルピー(約68億円) |
| 稼働民間FM局数 | 385局 | 390局 |
| 対象都市数 | 113都市 | 120都市 |
| 民間FM事業者数 | 31社 | 31社 |
(出典:TRAI業績指標報告2026年1〜3月期。1ルピー=約1.64円で換算)
業界メディアのPitchは、ラジオの広告市場での取り分が2024年の2%から2025年には1%へ下がったと報じている。収入は横ばいから微減、局数は増加、取り分は低下。媒体としては縮小局面にある。
この前提に置くと、Muthootの97局という数字は違って見える。全国の民間FM局390局のうち、およそ4分の1にあたる局数に同じ企画を載せている。局を独占的に買っているという発表ではないので他社の出稿を妨げるわけではないが、同じ企画が同時に流れる局の数としては大きい。デジタルで同じ存在感を買おうとすると、出稿する側の数が桁違いに多いので埋もれやすい。
18人の実話を9か月流すというのは、広告制作としては重い。Muthootが同意取得や事実確認をどう進めたかは発表に出ていない。ただし金融サービスが顧客の体験談を使う場合、先に潰しておかないと後で効いてくる箇所は決まっている。
ひとつは、本人の同意の範囲だ。放送は9か月、97局、158人のRJが語り直す。1回の録音に同意しただけの人が、別のRJによる別の語り直しまで同意しているとは限らない。二次利用の範囲を文書で固めておかないと、途中で1人分が使えなくなったときに企画の構成が崩れる。
もうひとつは、話の検証だ。「金を担保に借りて事業を立ち上げ、成功した」という筋は、金融サービスの広告として見ると実質的に成果の示唆になる。インドでも誤認を招く金融広告には規制が及ぶため、本人の記憶だけで放送に乗せるのは危うい。借入の時期・使途・結果が確認できる記録を揃えてから使う必要がある。
3点目は、18人という数の扱いだ。18は代表性を語れる数ではない。「18人がこうだった」という事実の提示で止める設計なら成立するが、「だから誰でもこうなる」に踏み込むと話が別になる。
日本企業のインド向けマーケティングは、デジタルから入るのがほぼ既定路線になっている。計測できて、少額から試せて、日本の本社に説明しやすい。ただしその3つの利点は、届く相手の性質とは関係がない。
ラジオが残っている理由は、聞くのに手が空くことだ。移動中、作業中、店番中に流れている。画面を見るには手と目を止める必要があるが、音は作業しながら入る。この性質は、日中に手が離せない仕事をしている層に届きやすいということで、Muthootが客層をどう定義しているかは発表されていない。それでも拠点を地方に広げている会社が、音の媒体に9か月分を置いたという事実は読み取れる。
日本企業が真似する場合、押さえるべき判断は3つある。
第一に、言語をどこまで割るか。97局に出すということは、地域ごとの言語に分かれる。北・東・西インドというくくりでも、ヒンディー語圏の中に方言差があり、東はベンガル語、西はマラーティー語やグジャラート語が入る。制作費は言語の数に比例して増える。ゴクル・アグロがVitaLifeで3言語の映像を3本作ったのは、どこまで割るかを先に決めた例だ。
第二に、州単位で切るかどうか。ニハールがビハール州だけに向けた専用の広告を打ったように、州を1つに絞って作り込む選択もある。3地域97局は認知を広く取る設計で、州専用は刺さりを取る設計だ。販売網が州単位でしか張れていない段階なら、後者のほうが無駄が少ない。
第三に、非デジタル媒体を組み合わせるか。ハムダードのSafiが4都市の屋外約30面でZ世代に語り直したように、屋外とラジオは移動中の同じ時間帯を取りに行ける。デジタル単独より、同じ人に別の経路で届く設計が組める。
逆に真似しないほうがいいのは、9か月という長さだ。Muthootは第5シーズンまで来ているので枠が資産になっているが、1シーズン目から9か月を買うのは検証の前に投下量を決めることになる。初回は期間を短く切り、州と言語を限定して、聞いた人の来店や問い合わせが動くかを見るのが順序だ。
Muthootの運用資産が1年で50%増えたという事実には、金価格の上昇(同じ重さの担保でより多く貸せる)と、金担保融資そのものへの需要の両方が混ざっている。発表からは寄与の分解ができないので、どちらが主かは言えない。同じ担保を取る業態には銀行もNBFCも参入しており、拠点の数と広告の到達が競争の軸になる。97局という出し方は、拠点網を広げる段階の会社が名前を先に置く手として読める。
日本企業への波及で言えば、この業態が伸びることは地方に短期の現金を調達できる経路が増えることを意味する。インドの地方で消費財・農業資材・小型機械を売るとき、買い手が仕入れや設備の資金をどこから引いているかは、販売網の与信設計に直接関わる。金担保融資が伸びている地域では、その分だけ現金払いの余地がある、という読み方になる。
Muthootがやったことは、縮小している媒体で4分の1にあたる局数を使い、客が手を離せない時間帯に実話を流し続けるという一手だ。局数の多さも期間の長さも、そのための手段として並んでいる。
インドの地方市場を見ている企業がすぐできるのは、自社の買い手が1日のどの時間に何をしているかを、販売店に聞いて書き出す作業だ。画面を見ている時間がどれだけあるかが分かれば、デジタル単独でいいのか、音の媒体を足すべきかが決まる。州を1つ選んで3か月、ラジオと屋外を組み合わせて試すなら、制作と枠で動かせる規模に収まる。