インドの物流プラットフォームPorterが、2026年9月16日に伝えられた新広告キャンペーンで、現地では美徳とされがちな「jugaad(その場しのぎのやりくり)」をあえて否定してみせた。制作は独立系クリエイティブエージェンシーのColloquial。ヒンディー語・タミル語・テルグ語・マラヤーラム語の4言語で計28本の短編フィルムを展開し、事業者が荷物の運搬で頼りがちな間に合わせの手段を、業務を止めるリスクとして描く。文化的に肯定されてきた言葉を逆手に取るこの設計は、インドで現地文化に踏み込んだ訴求を検討する日本企業にとって、共感と反発の境目を測る材料になる。
報道によれば、Porterの新キャンペーンは4言語で28本のフィルムを束ねた大型構成で、それぞれが異なる事業者層と、それぞれが直面する具体的な物流の困りごとを扱う。Colloquialの共同創業者Pradyot Mokashi氏とSrijan Shukla氏は「事業者は多くのことに無頓着でいられても、自分の事業についてだけはそうはいかない。jugaadで事業を回すことこそ、最も無頓着な行為だ」と述べた。Porterのデジタルマーケティング責任者Omkar Darekar氏も「これらのフィルムは販売メッセージではなく、日々の本物の問題を軸に構成した」と説明する。売り込みではなく、事業者の日常の不便を起点に据えた点が全編を貫く。
jugaadは、限られた資源で工夫して切り抜けるインド流の知恵を指し、しばしば肯定的に語られてきた言葉である。壊れた道具を間に合わせで直す、知り合いの車で荷物を運ぶ、といった手段はその典型だ。Porterはこの美徳の裏側に光を当て、事業の根幹である物流を間に合わせに委ねることは、遅延や破損、機会損失を招く危険な習慣だと位置づけた。肯定的な文化的言葉をブランドの敵役に据えるのは、共感を得られれば強い差別化になる一方で、生活の知恵を否定していると受け取られる危うさも伴う。今回のキャンペーンは、その綱渡りを4言語という広い地域展開でこなそうとするものだ。
28本という本数と4言語という設計から読み取れるのは、単一の名作フィルムで全国に語りかけるのではなく、地域と業種ごとに困りごとを描き分ける発想である。Darekar氏の「販売メッセージではなく本物の問題を軸にした」という言葉は、この分割設計の狙いを裏づける。北部のヒンディー語圏と南部のタミル・テルグ・マラヤーラム語圏では、扱う荷物も配送の事情も異なる。だからこそ、共通の一本ではなく、それぞれの現場の不便を映した複数のフィルムで届ける。B2B物流という地味な領域で、機能や価格の羅列に頼らず、事業者自身の日常に寄り添う語り口を選んだ点が今回の要になっている。
今回のキャンペーンは広告業界メディアafaqsがブランド側の発表として報じたもので、記事の時点では第三者による評価や効果測定の数値までは示されていない。確度をもって言えるのは、Porterとエージェンシーが語るキャンペーンの意図と構成である。両社のコメントからは、jugaadという肯定的な言葉を否定に転じる強い主張を、地域別・業種別に噛み砕いて届けることでリスクを分散させる設計思想が読み取れる。文化的な言葉に触れる訴求だけに、実際の消費者の反応は今後の展開のなかで確かめるべき論点になる。
Porterの手法は、インドで現地に根ざした訴求を狙う日本企業に二つの学びを与える。第一に、文化的な言葉を扱うなら、賞賛と否定のどちらに振るかを明確に決め、その理由を事業の便益に結びつけて語ることだ。第二に、多言語・多地域のインドでは、一本の万能広告よりも地域ごとに困りごとを描き分ける分割設計が響きやすい。現地の食文化や日常を取り込んだ訴求では、マクドナルドがワールドカップ連動で現地化を徹底した事例が手がかりになる(マクドナルド印のW杯連動、現地化マーケティングの教科書)。言語ごとの届け方という点では、OpenAIがインドで現地語の声を軸に訴求を組んだ事例も示唆に富む(OpenAIがインドで「現地語の声」を売る、ChatGPT初TVCの設計)。
物流は本来、価格と納期で比べられやすい領域だが、Porterは事業者の心理に踏み込む語り口で差別化を試みた。物流インフラそのものが動くなかで、選ばれるための訴求も磨かれていく。北インドの物流地図を塗り替えるノイダ空港の就航のように、土台が変わる局面では各社の伝え方も更新を迫られる(ノイダ空港が旅客便就航、北インド物流の地図が動く)。
Porterのキャンペーンは、インドで文化的な言葉に触れる広告の一つの型を示した。jugaadという肯定語を敵役に据え、その理由を事業リスクという便益に結びつけ、4言語28本で地域ごとに描き分ける。現地文化に踏み込む訴求を検討する日本企業がまず取り組めるのは、自社が使いたい現地の言葉やモチーフについて、賞賛するのか問い直すのかという立場を先に決め、その一言を裏づける具体的な困りごとを地域別に洗い出すことである。立場が曖昧なまま文化的な言葉に触れると、共感ではなく反発を招きやすい。