Bridgestone India(ブリヂストン・インディア)が、インド事業30年に合わせてデジタルフィルム『Tyres Carry Life』を公開した。告知は2026年9月23日付の同社ニュースルームのリリースで、フィルムはYouTubeにある。起点に置かれたのは創業者・石橋正二郎の理念「Serving Society with Superior Quality」、1968年に社是として定められた一文だ。周年の発信でありながら販売本数もシェアも投資額も出てこない。数字ではなく創業者の一文を起点に据えた点が、インドで理念を訴求に使う日本企業の読みどころだ。
掲げられたのは『Tyres Carry Life』の3語だ。リリースはこの3語を創業者の理念に「inspired by(着想を得た)」ものとして紹介し、社是そのものは訳していない。社是は出所として添え、表のコピーには別の言葉を立てる形だ。
発言はRajiv Sharma氏(Executive Director – Sales and Marketing, Bridgestone India)。冒頭でこう述べる。「India is playing an increasingly important role in shaping the future of mobility.(インドはモビリティの未来を形づくるうえで、ますます重要な役割を担っている)」。同じ発言の後半では、毎日インドの道路で「millions of journeys」が始まると続け、タイヤをゴムとトレッドと技術の産物にとどまらないものとして置く。数量表現はこの1か所だけで、桁を特定した数字はない。
| 項目 | 公式リリースで確認できた内容 |
|---|---|
| 施策名・形態 | 『Tyres Carry Life』/デジタルフィルム |
| 公開の告知 | 2026年9月23日付リリース(中欧時間13:20) |
| フィルム本体 | youtu.be/y0kjF86xDcw |
| 場面として挙げられた用途 | school runs、family holidays、business journeys、road trips、late-night drives(公式リリースおよび転載各媒体) |
| 制作クレジット | 公式リリースにも代理店・監督・出演者の記載なし |
EV化と小売構造の変化という位置づけは、報道の解説ではなくBridgestone自身の文言である。9月23日付リリースは「As India advances towards a new era of mobility, shaped by electric vehicles, evolving customer expectations and a transforming retail landscape」と書き、顧客価値の強化とイノベーションの加速、パートナーシップ構築に注力すると続ける。製造業専門媒体のMachine Makerは同じ内容を「Bridgestone India said」と明示帰属して伝えた。EV化と販売網の変化を自社の前提として書き込んでいるのは、既存製品の企業が将来の需要構造をどう見ているかを示す。
リリースがタイヤの使われる場面として並べたのは、通学の送り迎え、家族旅行、出張の移動、ドライブ、深夜の運転の5つ。工場を出た完成品で終わらず装着後も責任が続くという流れの記述で、フィルムの映像内容ではなくタイヤ一般の位置づけを語る。
起点の年は公式リリースに明示がある。Bridgestone Indiaは1996年にインドで事業を開始し、1998年3月にマディヤ・プラデーシュ州ダール県ピタムプルの第1工場で現地生産を始めた。2013年にはチャカン(プネー)に第2工場を構える。1996+30=2026で、今年の「30年」は事業開始の年から数えた勘定に合う。
1996年の参入形態については、Autocar Professionalが2013年2月5日の記事で、Associated Cement Companies(ACC)との提携によるものと伝えている。ただし公式リリースも、後述する駐印日本国大使の発言も、ACCには触れず「1996年の事業開始」としている。同社自身が示す30年の起点は提携ではなく事業開始の年だ。
フィルム公開の約2か月前、同社はニューデリーで30周年の記念式典を開いている。8月4日付リリースによれば、主賓(Chief Guest)は駐インド兼駐ブータン日本国特命全権大使の小野啓一氏(H.E. Mr. ONO Keiichi)だ。大使は、Bridgestone Indiaの30年は一企業の成長史にとどまらず「日印経済協力の成功の象徴」でもあると述べ、1996年の設立以降、マディヤ・プラデーシュ州とマハラシュトラ州への工場投資を通じてインドの産業発展に貢献してきたと評価した。周年式典を日印の経済関係という文脈に置いたのは、進出企業にとって使い勝手のよい前例になる。
本社からは取締役・代表執行役 EAST CEOの田村信行氏が出席し、最初の30年で基盤を築き次の30年で新たな可能性を作ると述べた。Bridgestone IndiaのマネージングディレクターはRajarshi Moitra氏。中央の大使と本社の執行役を一つの壇上に並べた構成である。
「最高の品質で社会に貢献」は主語が自社で、動詞は貢献する。「Tyres Carry Life」は主語がタイヤで、運ぶ対象は使う人の生活だ。Bridgestone Indiaは社是を訳して掲げず、主語と目的語を入れ替えた3語を表に出し、出所として創業者の名を添えた。理念をインドの訴求へ持ち出す日本企業は、この二択に行き当たる。自社の沿革をどの年から数えるかも先に決めておきたい。提携や合弁から入った企業では起点の取り方で「何年目」が数年ずれる。式典で駐印大使が「1996年の設立以降」と述べたように、外部の来賓が引くのは企業側が公表している年だ。
2026年9月のインドでは、周年を軸にした外資ブランドの施策が他にも出た。Mercedes-Benzは創業140年の遠征企画「140 Years. 140 Places.」のインド編でS-Class3台を走らせた。制作したBBDO Indiaの会長兼CCO Josy Paul氏は「インドを140年のグローバルな旅の単なる一目的地にはしたくなかった。帰郷のように感じられるものにしたかった」と述べている(メルセデス140周年の世界一周がインドへ、S3台の旅で何を伝えるのか)。米Jockeyは9月16日に「150 Years Young」を立ち上げ、コピーは「Never Stopped. Never Will.」。インド展開はライセンシーのPage Industriesが約30年担い、現地の年数はBridgestone Indiaと同水準だが、起点は肌着から生活着への用途拡張だ(Jockeyが150周年でインドに問う、肌着ブランドはどこまで広がれるか)。創業者の社是、走る土地、用途の広がり——3社は同じ周年から別の起点を選んでいる。
開示量も案件ごとに違う。Bridgestoneは公式リリースにも制作クレジットを載せておらず、9月17日公開のハーシーズ・インディアのCMでafaqsが制作のTBWA・リンタスと監督名まで報じたのとは対照的だ(ハーシーズ印の新CM、有名人なしで「しんどい日」を甘さで救う)。伝えた媒体の側も扱いが分かれ、MediaBriefは公式リリースのほぼ逐語転載(言い換えは2語)、Tyrepressは要約、Machine Makerは自社の文に書き直して帰属を明示した。同じ記述が複数媒体に並んでいても、出所が同じ一本のリリースなら相互の裏取りにはならない。
販売本数もシェアも投資額も出さず、創業者の理念とタイヤが運ぶ生活だけで一本を成立させたのが今回の施策だ。理念を持つ日本企業がインドで周年を迎えるとき、決めるのは二つ。表のコピーを理念の訳にするか別の言葉にするか、そして何年を起点に数えるか。手元では、自社の英文理念とインドでの事業開始年・生産開始年を1枚に並べて確認しておきたい。