「エアフライヤーといえばフィリップス」。ヒンディー語で「〜といえば」を意味するmatlabを挟んだこの一文を、フィリップスはインドで9月14日から流し始めた。起用したのは女優のスシュミタ・セン、そして以前から組んでいるシェフのランヴィール・ブラール。その8日後、Kenstarは女優ソハ・アリー・カーンを立てて「Kuch Mat Banaana」を掲げた。映像に乗せたのは、9月上旬に発表していた45機種超のエアフライヤー——同社が国内最多とする品揃えである。片方はカテゴリーの名前を自社名で言い切り、片方は棚の幅で殴り込む。祭事商戦の入口で、同じカテゴリーに真逆の軸が2本立った。インドで調理家電を売ろうとする日本企業にとって、どちらの軸を選ぶかは価格表より先に決まる話になる。
フィリップス側のキャンペーン名は「Airfryer matlab Philips」。立ち上げは2026年9月14日で、クリエイティブはWillBe Doneが担当したとAdgullyが伝えている。流すのはテレビ、デジタル、ソーシャル、そして店頭のリテール接点で、祭事商戦に向けた施策として位置づけられている。同社の発表で目を引くのは「国内ナンバーワンのエアフライヤーブランド」「星形(スターフィッシュ)の特許デザインを持つ唯一のブランド」という二つの言い方で、どちらも広告主の主張である。Versuni India(旧フィリップス・ドメスティック・アプライアンス印法人)のMD兼CEOであるGulbahar Taurani氏は、自分たちがインドでエアフライヤーのカテゴリーを作り、そこから10年以上かけて育ててきたと述べ、エアフライヤーをインドの全世帯に届けたいという言い方をしている。カテゴリー創出と育成年数の主張は、この発言の形で出てきたものだ。
Kenstar側は二段構えだった。45機種超の新レンジそのものは9月8日にAdgullyが報じており、ソハ・アリー・カーンを立てた映像キャンペーンの記事が並んだのは9月22日から26日にかけてになる。キャンペーンの掲げる一文は「Kuch Mat Banaana」。ヒンディー語の字義は「何も作らないで」で、各媒体は訳を添えず言い回しのまま置いている。訴求の中身は機種数で、Adgullyは45以上のSKUという数字と、Star Chef(オーブン兼用)、Duo Feast(ダブルバスケット)、Pure View(全面ガラス)、Daily Cook、Celebration Gifting Seriesという5シリーズ構成を伝えている。容量はDaily Cookで4.5リットルから12リットルまで。調理モードには再加熱、グリル、トースト、クリスピーフライ、タンドール、ドライ、ベイクが並ぶ。生産はアウランガバードの自社工場で、保証は2年、RoHS・ISI・ISO認証付き。販路は一般小売、Flipkart、Amazon、クイックコマース、モダントレードと広く取る。CEOのSunil Jain氏は、インド人の料理と食の体験が変わりつつあり、消費者は好きな食べ物を諦めずに便利さを得られる家電を求めている、という言い方をしている。
ここで先に断っておくと、「国内ナンバーワン」も「国内最多の品揃え」も、いずれも広告主自身の発表にある表現である。今回の取材範囲では、インドのエアフライヤー市場における両社のシェアを第三者が計測したデータは確認できなかった。市場規模の推計は有料の調査会社が複数出しているが、成長率の見立てが互いに大きく食い違っているため、本稿では数字を引かない。
「エアフライヤーといえばフィリップス」という一文を出しているのは、オランダのロイヤル・フィリップス本体ではない。同社は2021年3月にドメスティック・アプライアンス事業の売却を発表し、9月に投資会社Hillhouse Investmentへの売却を完了している。企業価値は約37億ユーロ。このときフィリップスと売却先は、フィリップスのブランドと関連する家電ブランドを世界で製造・販売・マーケティングに使うための独占ブランドライセンス契約を結んだ。期間は15年で、契約条件に従って更新可能、期間中の支払いの現在価値は約7億ユーロとされ、合わせた取引総額は約44億ユーロになると同社は説明している。売却された事業は2023年にVersuniへ社名変更し、インド法人はVersuni India Home Solutionsとして動いている。
つまりインドの店頭で「Philips」と書かれたエアフライヤーを売っている主体は、その名前を年払いで借りている会社である。カテゴリー名を自社ブランド名と等号で結ぶ広告は、この構造から見ると二つの意味を持つ。借りている名前の価値を自力で押し上げる投資でもあり、同時に、その名前から離れられなくなる投資でもある。Versuniはインドでミキサーグラインダーの有力ブランドPreethiも持っているので、「自社で持つ名前」と「借りている名前」を並べて運用している会社だと理解しておくと、同社の打ち手は読みやすくなる。
Kenstar側の資本の来歴も押さえておきたい。Kenstarは1996年にVideoconグループのKitchen Appliances Indiaから立ち上がったブランドで、エアクーラーとキッチン家電から始まっている。2017年11月、負債整理を進めていたVideoconの関連会社Century Appliancesから、投資会社EverstoneグループがKenstarブランドと関連事業を事業譲渡の形で取得することで合意した、とBusiness Standardが報じている。祭事前に45機種を一気に並べる体力は、ここから10年近くかけて作られた販路の上に乗っている。
広告の軸を並べると、2社が別の場所で戦っているのがはっきりする。
| 比較軸 | フィリップス(Versuni India) | Kenstar(Ken Lifestyles) |
|---|---|---|
| キャンペーン名 | Airfryer matlab Philips | Kuch Mat Banaana |
| 訴求の中心 | カテゴリー名と自社名を等号で結ぶ | 機種数と用途の広さ |
| 起用タレント | スシュミタ・セン+シェフのランヴィール・ブラール | ソハ・アリー・カーン |
| コピーの構文 | 定義文(〜といえば〜だ) | 使用機会の否定形(何も作らなくていい) |
| 狙う層 | まだ持っていない世帯への普及 | 揚げ物以外にも使いたい既存検討層 |
| メディア | テレビ・デジタル・ソーシャル・店頭 | 動画中心、販路はクイックコマースまで |
| 生産 | アーメダバード工場(2024年1月稼働) | アウランガバード工場 |
値札も見ておく。フィリップスのインド向け公式オンラインストアには、9月28日時点でエアフライヤーが12点掲載されており、4.2リットルのNA120/00が4,849ルピー(表示価格5,995ルピー)、7.3リットルの上位機HD9867/90が24,995ルピー(同39,995ルピー)で、掲載分の実売レンジは4,849〜24,995ルピーに収まっていた。Kenstarの公式オンラインストアのエアフライヤー一覧には同日時点で3点しか並んでおらず、5.8リットルのCrysta Neoが6,000ルピー(同9,990ルピー)、6リットルのCrysta Digiが6,605ルピー(同10,490ルピー)、12リットルのDuo Crunchが12,590ルピー(同24,990ルピー、在庫なし表示)だった。45機種という数字は自社ECではなく、一般小売とマーケットプレイス、クイックコマースの棚に分散している構造になる。
| 機種 | 容量 | 公式表示の実売(ルピー) | 円換算の目安 |
|---|---|---|---|
| Philips NA120/00 | 4.2L | 4,849 | 約8,000円 |
| Kenstar Crysta Neo | 5.8L | 6,000 | 約9,900円 |
| Kenstar Crysta Digi | 6L | 6,605 | 約1万1,000円 |
| Philips NA130/00 | 6.2L | 7,299 | 約1万2,000円 |
| Kenstar Duo Crunch | 12L | 12,590 | 約2万1,000円 |
| Philips HD9867/90 | 7.3L | 24,995 | 約4万1,000円 |
円換算は1ルピー=1.643円(XEの2026年9月28日06時21分UTC時点のレート)で計算した。日本の量販店でエアフライヤーを探すときの感覚に置き換えると、両社の公式ストアに並ぶ範囲では1万円前後に山があり、上に4万円台の天井があるという形になる。市場全体の価格帯は、一般小売とマーケットプレイスの棚まで見ないと確定しない。
カテゴリー名を自社名で言い切る広告は、効くときの効き方が強い。買う側が製品を比べる前に「どれを買うか」ではなく「どこで買うか」だけを考えるようになるからだ。効く条件は三つに絞れる。先に市場を作ったという主張が成立すること、実際に棚で圧倒的に見えていること、そしてカテゴリー名と社名が現地の言語で一息に読める並びになっていること。「Airfryer matlab Philips」は三つ目を特にうまく満たしている。matlabは日常会話の接続語で、広告のために作った言葉ではない。
一方で、この方向を突き詰めた先には商標法上の逆リスクがある。インドの知財実務の解説では、商標が使われすぎて特定ブランドとの結びつきを失い、カテゴリーの一般名詞になってしまう「ジェネリサイド」が論点として扱われる。アスピリン、バンドエイド、ゼロックス、クリネックス、ポストイットが典型例として挙がる。インドの判例としては、デリー高裁のBourjois対K.H.K.B. Enterprises(2004年)が、有名であることだけでは商標が一般名詞になったとは言えず、公衆がブランドではなく一般語として受け取っているかどうかが分かれ目だと示し、Dabur India対Emami(2005年)は、製品カテゴリーとして広く認識される語を独占できないと確認している。
今回のフィリップスの一文は「airfryer」という一般名詞を自社の商標だと主張しているわけではないので、直ちにこの論点に触れるものではない。ただし方向は同じ坂を登っている。カテゴリー名と自社名の距離を詰めるほど、自社の新機能の差分は消費者から見えにくくなる。特許デザインを持つと言いながら定義文で押すのは、この矛盾を承知した上での選択に見える。挑戦者側にとってはここが突き所で、Kenstarが機種数と用途で押したのは、定義文の外側に議論の場を作る動きになっている。
インドでエアフライヤーが伸びる理由を食文化から説明すると、サモサ、パコラ、プーリーのように揚げる調理が日常の献立に入っている、という一点に行き着く。揚げ物が特別な日のごちそうではなく毎週の食卓にある国では、揚げるための機械は台所の主役に近い位置に置かれる。ここまでは前提の話で、実際に何が起きているかは商品仕様の側に出ている。
Kenstarが並べた調理モードには、再加熱やベイクと並んでタンドールが入っている。タンドールは本来、土窯で高温焼成する調理で、家庭のオーブンで再現しにくい。それをモードとして載せるのは、海外向け製品の翻訳ではなく、インドの献立に合わせて設計している証拠になる。容量の上限が12リットルまで用意されているのも、4人前を前提にした日本向けの設計とは発想が違う。ダブルバスケットは主菜と副菜を同時に、全面ガラスは油なしの調理に慣れていない使い手に中を見せるためのもので、いずれも「揚げ物器から日常調理家電へ」という置き換えを商品側で先に済ませている。
「Kuch Mat Banaana」は、この置き換えを一文で言うための表現になっている。何も作らなくていい、と言いながら実際には作っているという反転で、揚げる機械ではなく献立ごと任せる機械だと言い換えている。既存カテゴリーの使用機会を広げて別の悩みに接続するやり方は、インドの広告でよく当たる型で、塗り薬のザンドゥ・バームがスマホ首を「痛み」の一種として取り込んだザンドゥ・バームがZ世代の痛みを描き直した事例と発想が重なる。なお油の使用量や健康面の比較数値は各社の商品表示に依存するため、本稿では扱わない。
Versuni IndiaのTaurani氏は、カテゴリーを創出しただけでなく10年以上かけて育ててきたと語り、エアフライヤーを全世帯に届けるという言い方で普及の余地を強調した。伸ばす相手を競合ではなく未保有世帯に置いている点が、定義文というコピー選択と一致している。
KenstarのJain氏は、インド人の料理と食の体験そのものが変わってきており、好きな食べ物を諦めずに便利さを得られる家電を求める消費者が増えていると述べた。こちらは「今持っていない人」ではなく「今の使い方に不満がある人」に語りかけている。
業界メディアの書き分けも示唆的だ。MediaBriefは「Kuch Mat Banaana」を訳さずそのまま置き、日常の言い回しとしての語感を記事の中心に据えた。MediaNews4Uは「国内最多の品揃え」という主張を見出しに立て、品揃えの話として扱った。Adgullyは45以上のSKUという数字に加えて、一般小売、Flipkart、Amazon、クイックコマース、モダントレードという販路の並びまで書いている。祭事期に数十分で届く経路まで含めて棚を取るという前提が、記事の側から補強されている形になる。
ここからが日本企業にとっての本題になる。インドのエアフライヤーで取れる軸は、今回の2本を裏返すと3つに整理できる。
ひとつ目は名前で勝つ軸。これは今回のフィリップスの位置で、先行者でなければ選べない。自社ブランド名がヒンディー語の一文に自然に収まるかどうかが最初の関門になる。matlab構文に自社名を入れて現地の販売代理店に3パターン読ませ、どれも引っかかるようなら別の軸に移すほうが早い。
ふたつ目は棚の幅で勝つ軸。Kenstarの位置だが、これは45機種相当のSKUを作って在庫を回す体力が前提になる。日本のメーカーがインドで同じ数を並べるのは現実的でないため、幅ではなく「1機種あたりの用途の幅」に読み替える必要がある。タンドールに相当する現地調理モードをいくつ載せられるか、が実務上の論点になる。
三つ目はコストと現地生産で勝つ軸で、日本勢が一番見落としやすい。Versuni Indiaは2025年7月時点でインドで売るものの約7割を現地生産しており、数年内に9割へ引き上げる計画をCEOが公言している。2024年1月に稼働したアーメダバード工場では第1フェーズでエアフライヤーを年間50万台規模、チェンナイ工場ではミキサーグラインダーを年間176万台規模で作る。Kenstarもアウランガバードの自社工場で今回の新シリーズを生産している。4,849ルピーから始まる値札は、この生産構造の上に成立している。日本から完成品を持ち込んで同じ棚に置く発想では、価格の議論に入る前に負ける。
規模感を押さえておくと、Versuni Indiaについて確認できた直近の開示は2024年3月期のもので、売上1,756.9クローレ(1クローレ=1,000万ルピー、約289億円)、税引後利益は120.7クローレ(約20億円)だった。2年以上前の決算なので現在の規模はこれより動いている可能性が高いが、インドの調理家電で「勝っている側」の桁がこの水準だという事実は、投資額を決めるときの目安になる。
名前でも幅でも勝てない場合に残るのが、保証とサービスで差を出す軸である。インドでは日本の親会社を持つ企業がこの軸を正面から使った例がある。トラクターのエスコート・クボタが8年保証を前面に出した広告を打った件は、製品スペックではなく購入後の年数で語る組み立てになっており、エスコート・クボタが8年保証を前面に出した広告の作りはそのまま調理家電にも移せる。Kenstarの保証が2年である事実は、ここに空白があることを示している。
1社が今週決めるべきことをひとつに絞るなら、「インドで自社の調理家電を、名前・用途の幅・保証年数のどれで語るか」を先に決め、そのうえで現地生産の有無を詰める順番にすることだ。軸を決めずに価格表から入ると、4,849ルピーの棚を見た時点で企画が止まる。
なぜ9月に打つのかは、祭事のカレンダーを置けば説明がつく。2026年のナヴラトリは10月中旬に始まり、ダシャラーが10月下旬、家電や貴金属を買う吉日とされるダンテーラスが11月6日、ディワリ(ラクシュミー・プージャ)が11月8日の日曜で、その数日後にバイ・ドゥージが続く。調理家電が最も動くのはダンテーラスからディワリにかけての数日で、そこに向けて検討が始まるのが9月下旬から10月頭である。フィリップスの9月14日立ち上げはディワリの約8週間前、Kenstarの9月下旬はおよそ6週間前にあたる。テレビと店頭で認知を作り、10月に比較検討させ、11月頭にクイックコマースまで含めた棚で刈り取る、という順番が両社の動きから読み取れる。
Kenstarが5シリーズのひとつをCelebration Gifting Seriesと名付けているのは、この期間に自家用ではなく贈答として動く需要を狙ったものだ。祭事期の贈り物需要を正面から取りに行く設計は、他カテゴリーでも見られる。金の業界団体が若い夫婦の「初めてのディワリ」を撮ったワールド・ゴールド・カウンシルの『初めてのディワリ』も、祭事の買い物を生活の節目として描き直す同じ発想に立っている。日本企業がインドで調理家電を出すなら、通常SKUとは別に贈答用の箱とセット構成を9月までに用意しておく必要がある。
同じカテゴリーに、定義文で押す首位ブランドと機種数で押す挑戦者が、9月の8日違いで並んだ。この2本から日本企業が持ち帰れる作業は具体的だ。まず自社の調理家電ブランド名をヒンディー語の一文に入れて現地代理店に読ませ、名前の軸が取れるかを判定する。取れないなら用途の幅に切り替え、タンドールに相当する現地調理モードを自社の既存機構で何種類出せるか技術部門に洗い出させる。並行して、インドの実売レンジが4,849〜24,995ルピー(約8,000円〜約4万1,000円)であること、上位ブランドが年50万台規模の現地生産を持っていることを前提に、輸入で入るのか現地生産を組むのかを決める。保証年数で差を作る道が残っているかどうかも、競合の2年という水準を基準に測れる。
そして時間の制約がはっきりしている。2026年のディワリは11月8日で、家電の購買はその直前に集中する。今年の祭事商戦に間に合わせる判断は10月頭までに終わらせる必要があり、間に合わない場合は2027年の祭事期を狙って9月上旬に広告を立ち上げる逆算で計画を組むことになる。