富士フイルムが2026年9月17日、インド最大の半導体展示会「SEMICON India 2026」の開幕に合わせて、インド国内に半導体材料の新工場を建てると発表した。投資額は₹800 crore(約80億ルピー、2026年9月時点・₹1≈¥1.66換算で約133億円/約8,300万米ドル)。フォトレジストなど前工程材料の一部は、これまで日本メーカーが世界シェアで強みを持ってきた領域だ(CMPスラリーは米キャボットなど海外勢も有力で、品目ごとに勢力図は異なる)。その川上の素材そのものがインドで現地生産に動く。半導体の完成品や装置ではなく「材料」の内製化がインドで進むという事実は、日本の化学・素材メーカーにとって商機であり、同時に立ち位置を問い直す号砲でもある。
富士フイルムは、₹800 crore(約80億ルピー、約133億円)を投じてインドに半導体材料の製造拠点を新設すると明らかにした。投資は二段構えで、第1段階の着工は2026年度(FY2026)、量産開始は2028年度(FY2028)を見込む。同社マネージングディレクターのコウジ・ワダ氏は「インドは半導体エコシステム構築の重要な局面に入っており、当社が数十年かけて培ってきた材料技術と知見、グローバルな体制で貢献できる余地は大きい」と述べている。発表はSEMICON India 2026(9月17〜19日、ニューデリーのYashobhoomi)の会場に合わせて出された。展示では、回路面の平坦度を0.4ナノメートル以内に磨き上げるCMPスラリー技術など、同社の材料ポートフォリオが披露されている。
インドは半導体を国家戦略の柱に据え、India Semiconductor Mission(ISM)のもとで工場誘致を進めてきた。2026年7月には支援制度を拡充したISM 2.0が承認され、政府は補助と優遇で川下の組立・検査から前工程のFabまで裾野を広げようとしている。ただ、Fabが動き出しても、そこに供給するフォトレジスト・高純度薬液・研磨材といった材料が現地で手に入らなければ、供給網は輸入頼みのまま残る。報道によれば、富士フイルムの新拠点はグジャラート州ドレラの投資地域が候補とされ、同州で建設が進むTata ElectronicsのウエハーFabへの材料供給を支える位置づけで、9月17日には現地関係者との覚書も交わされたと伝えられている。完成品の工場誘致が一巡した先で、材料の現地化が次の焦点に浮上した格好だ。
今回の投資は、インドの半導体産業の立ち上がりと顧客需要を見ながら段階を踏む設計になっている。金額を一気に投じるのではなく、Fabの稼働に合わせて供給を厚くしていく発想だ。二段階の切り分けは次のとおり報じられている。
材料は装置と違い、鮮度・純度・物流の管理がそのまま歩留まりに響く。薬液や研磨材はFabの近くで作れるかどうかが供給の安定を左右するため、Fab立地の近接生産には合理性がある。第1段階を前工程材料に絞ったのは、需要が読みやすく歩留まり管理の要になる領域から入り、実績を作ってから薬液へ広げる順序と読める。
展示で示された「0.4ナノメートル以内の平坦度」というCMPスラリーの数字は、微細化した回路を歩留まりよく作るための土台にあたる。前工程の材料は、Fabの製造条件に合わせて配合を詰め、量産ラインで検証を重ねて初めて使ってもらえる。だからこそ、Fabのそばに拠点を置き、現地の技術者とやり取りしながら仕上げていく体制がものを言う。装置を売って終わりではなく、稼働後も配合と品質に伴走し続ける関係が、材料メーカーの参入障壁であり強みでもある。インドで前工程材料を現地生産するという判断は、その伴走の距離を一気に縮める動きだ。
SEMICON India 2026では、材料・装置の川上企業による対印コミットが相次いで発表された。報道では、Applied Materialsが2035年に向けた50億ドル規模のインド構想を打ち出している。なお、モディ首相が「チップはデジタルダイヤモンドだ」と述べ、インドが1兆ドル規模の半導体市場で存在感を持つと訴えたのは2025年のSEMICON Indiaでの発言であり、本記事が扱う2026年の会場とは時期が異なる。完成品のFab誘致に集まっていた関心が、今回のように材料・薬液という供給網の川上へ広がりつつある。富士フイルムの発表は、その流れの中に位置づけて受け止められている。
今回の一件が示すのは、素材・化学の日本メーカーにとって「輸出で供給する」から「現地で作って伴走する」への切り替えが、インドでも現実の選択肢になったということだ。すでに日本の化学各社は中国依存を見直しながらインドを次の生産拠点に位置づける動きを見せており、その流れは三井化学・住友化学がインドを次の成長拠点に据える動きにも表れている。塗料の分野で日本ペイントがインド工場を倍増させ、価格競争に現地生産で応えた事例と同様、材料を現地で作れるかどうかが顧客との距離と価格競争力を左右する。半導体材料に商機を見る企業は、まず自社の品目がインドのどのFab・どの工程に紐づくのかを特定し、量産検証まで伴走できる現地体制を描けるかを問い直す段階に来ている。
半導体の供給網は、インドを起点に川上へさかのぼる形で組み替わりつつある。後工程ではインド企業が日本向けの車載チップ組立を受注する逆流も起きており、今回の前工程材料の現地化はその上流版にあたる。材料が現地で調達できるようになれば、Fabの立地判断や部材メーカーの進出計画にも連鎖し、日系の素材・薬液・研磨材の各社が「どのタイミングでインドに拠点を置くか」を迫られる。二段投資という慎重な設計は、需要が読み切れない段階での現実解であり、後続の判断材料として観察する価値が高い。
富士フイルムの₹800 crore(約80億ルピー、約133億円)投資は、金額の大きさより「前工程材料から二段で入る」という順序に意味がある。完成品の次は材料、という供給網の逆流がインドで具体化した合図だ。素材・化学・薬液の日本メーカーが取るべき次の一手は明快で、自社の品目がインドで建設中のどのFab・どの工程に紐づくのかを一度棚卸しし、量産検証まで伴走できる現地体制の有無を確かめること。輸出で足りるのか、現地生産まで踏み込むのかを、需要が固まる前の今のうちに描いておきたい。