ホーチミン市7区のフーミーフン地区を開発してきたフーミーフン開発(Phu My Hung Development Corporation)が、2004年に本社として開業したLawrence S. Tingビルを解体し、跡地に23階建ての複合施設「C1」を建てる。敷地は約1.5ヘクタール、延床面積は約10万㎡で、ホテル、グレードAオフィス、サービスアパートメント、高級商業施設を1棟に収める。延床10万㎡の全部がオフィスになるわけではないので、オフィス供給として数えられるのはその一部だ。設計を担当するのは日本設計(Nihon Sekkei)で、東京の麻布台ヒルズを手がけた事務所としてベトナム側の報道で紹介されている。同社は2026年10月1日付で不動産取引所をCrescent Residence 3へ移し、旧ビルでの業務を終えた。ホーチミンのグレードAオフィスは非CBDで空室が2割近く残っている。7区にオフィスを置く日系企業にとっては、いまの需給で何を交渉できるかと、C1をいつの選択肢として数えるかの2つが論点になる。本文の為替は1ドル=157.98円、1ドル=25,966ドン(2026年10月6日時点)を使った。
解体されるLawrence S. Tingビルは、801 Nguyễn Văn Linh(グエン・ヴァン・リン大通り)にある12階建てで、2004年に完成しフーミーフン開発の本社として使われてきた。建物名はフーミーフン開発の創業に関わった台湾側の経営者の名前に由来する。
ただし本社機能はすでに移っている。Tuổi Trẻによれば、2020年に事務機能をPhú Mỹ Hưng Tower(8 Hoàng Văn Thái)とCrescent Mall第2期へ移し、旧ビルに残っていたのは不動産取引所(Sàn Giao dịch bất động sản)だった。その取引所も2026年10月1日にCrescent Residence 3(109 Tôn Dật Tiên)へ移転し、建物での業務が終わった。解体はこの移転を済ませたうえでの段取りになる。
跡地に建つC1は23階建て、延床面積ほぼ10万㎡、用途はホテル、グレードAオフィス、サービスアパートメント、高級ショッピングセンターの4つ。Tuổi Trẻは敷地を「khoảng 1,5 ha(約1.5ヘクタール)」と書き、Vietnam Investment Reviewも1.5ヘクタールで一致している。フーミーフン国際商業金融区の入口にあたる区画に立つ建物だ。
階数と延床面積、敷地面積は英語・ベトナム語の双方の報道で一致している。一方、オフィス、ホテル、サービスアパートメント、商業それぞれの面積配分は公表されていない。延床10万㎡のうちオフィスがどれだけ取るかは、現時点では分からない。
着工と竣工の時期は、現時点で公表された内容を確認できていない。これは移転を検討する側にとって決定的な情報なので、後段で改めて触れる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 解体する建物 | Lawrence S. Tingビル(12階建て/801 Nguyễn Văn Linh/2004年から供用) |
| 新築する施設 | C1複合施設(Phú Mỹ Hưng 2.0戦略の一環) |
| 階数 | 約23階 |
| 延床面積 | 約10万㎡ |
| 用途構成 | ホテル/グレードAオフィス/サービスアパートメント/高級商業 |
| 敷地面積 | 約1.5ヘクタール |
| 用途ごとの面積配分 | 公表されていない |
| 設計 | 日本設計(Nihon Sekkei) |
| 事業主 | フーミーフン開発 |
| 本社事務機能の移転 | 2020年にPhú Mỹ Hưng TowerとCrescent Mall第2期へ |
| 不動産取引所の移転 | 2026年10月1日にCrescent Residence 3へ |
| 着工・竣工時期 | 公表内容を確認できていない |
需給を数字で押さえる。MaisonOfficeが集計した2026年第3四半期のホーチミン市オフィス市場では、グレードAの総供給が960,759㎡で前年同期比3.55%増。平均募集賃料はCBDが1㎡あたり月48.71ドル(0.69%増)、非CBDが29.63ドル(2.52%増)。入居率はCBDが80.66%、非CBDが80.39%で、どちらも2割近い空室を抱えている。
これから出てくる供給はさらに多い。同じ集計では2026年から2028年にかけて、グレードAが107,743㎡(すべて非CBD)の新規供給が予定されている。グレードBも101,780㎡が挙がっているが、こちらは2026年内の竣工予定が混ざっているため、本稿ではグレードAだけを数える。グレードAの内訳はHong Fu Plazaが2026年第4四半期、TD Towerが2027年、Millennial TowerとParc Towerが2028年。これは非CBD全体の集計で、4棟が同じ区に集まっているわけではない。たとえばTD Towerはトゥーティエム・アンカイン側にある。
C1はこの供給予定表に載っていない。集計元が載せていない理由は説明されていないが、竣工時期が公表されていない案件なので2028年までの集計に入らないのは不思議ではない。延床10万㎡のうちホテル、サービスアパートメント、商業を差し引いた残りがオフィスになるため、オフィス面積は10万㎡より小さい。配分が出ていない以上、供給量として数字を置くのは避けておく。
7区がオフィス市場として語られるようになったのは、まとまった土地が使えるからだ。MaisonOfficeは7区を「南部エリア」のオフィスハブと位置づけ、広いフロアプレートを取れる点が特徴で、テクノロジー、商社、製造、物流、FDI企業を集めていると書いている。中心部のビルがブランドで選ばれるのに対して、7区は運営効率で選ばれるというのが分け方になる。
日系企業の実務で効くのは、CBDと非CBDの賃料差だ。グレードAの平均募集賃料が1㎡あたり月48.71ドルと29.63ドルなので、差は約19ドル、CBD比で39%安い。1,000㎡を借りるなら月1万9,000ドル、年23万ドル(約3,600万円)の差になる。
ただし29.63ドルは非CBD全体の平均で、7区固有の数字ではない。7区の実例を見ると、LEED Gold設計のPhu My Hung Towerは1㎡あたり月32〜35ドルという水準で紹介されている。非CBD平均より高く、CBD平均より十数ドル安い帯だ。年23万ドルという差額は上限の目安として置き、実際の検討は候補ビルごとの提示額で計算し直すことになる。
賃料以外の条件もある。ホーチミン日本人学校は7区タンフーのサイゴンサウス地区にあり、日本人駐在員の住まいもフーミーフン周辺に多い。駐在員と帯同家族が同じエリアで動けるかは、移転を社内で通すときの説明材料になりうる。ただし効くかどうかは自社の従業員の居住地と顧客の所在で変わるので、実際に通勤時間を集計してから判断したい。
入居率80%台という数字は、空室が2割あるという意味でもある。借主側に比較できる選択肢が残っている状態で、2028年までに非CBDへグレードAが10万㎡超積まれる予定であることも、当面その状態が続く方向に働く。ただし個別の契約でフリーレントや内装負担がどこまで通るかは成約条件の話で、公表された市場データからは読めない。契約更新が近い会社は、競合ビルの提示条件を実際に取って比較表を作ったうえで交渉に入るのが確実だ。
ただしC1そのものを移転先の候補に入れるのは、まだできない。着工も竣工も時期が出ていないからだ。ホイアンの5つ星ホテルが追加出資を受けて開業予定を2029年に置いている案件のように、ベトナムの大型複合開発は数年単位で動く。C1の工期がどうなるかは別の話なので、事業主の発表を待つしかない。移転計画には時期不明の案件として別枠で置き、確定している竣工予定の4棟と混ぜないことだ。
設計が日本設計だという点は、日本の建築・エンジニアリング業界には別の読み方ができる。ベトナム側の報道が日本設計を紹介するときに引き合いに出すのは、麻布台ヒルズという具体的な実績だ。ホテル・オフィス・住宅・商業を1つの街区に重ねた複合開発の経験が、そのまま売りになっている。
C1の用途構成はホテル・オフィス・サービスアパートメント・商業の4つで、麻布台ヒルズの構成と重なる。延床10万㎡に4用途を積む場合、動線の分離、設備の系統分け、避難計画、各用途の運営主体の切り分けが設計の勝負どころになる。単一用途のオフィスビルより難しいので、同種の実績がある事務所に寄るのは理屈に合う。
日系の設計・施工側から見ると、ベトナムで出てくる案件の中身は1種類ではない。UOBがホーチミンの金融センター区画に自社ビルを建てる案件や、300ヘクタール規模のデータセンター計画のように、用途が特殊で運営要件の重い案件も出てきている。これら3件の受注理由は公表されていないので市場の傾向として断定はできないが、価格以外で選ばれる案件が存在することは示している。
フーミーフン地区は1990年代から開発されてきたエリアで、初期に建った建物が築20年を超えている。今回の解体が「Phú Mỹ Hưng 2.0」という名前で語られているのは、新規の造成ではなく既存市街地の建て替えに軸が移ったという意味に読める。副社長のTrương Quốc Hưng氏は、住みやすい都市を作りながら国際的な拠点へ転換させる構想として説明している。
建て替えが進むと、周辺の賃料とグレードの並びが動く。新しいグレードAが増えたとき、築20年のビルが取る手は賃料を下げる、改修してグレードを維持する、用途を変える、建て替えるといくつもある。どれが選ばれるかは所有者次第だが、借主から見て中古グレードBを安く借りる選択肢が出てくる可能性はある。コストを優先するバックオフィス、カスタマーセンター、開発拠点をベトナムに置く会社にとっては、むしろこちらが使える。
逆に、来客を前提にした営業拠点や、採用で見栄えが要る会社は新しい棟を狙う。同じ7区のなかでグレードの幅が広がるので、用途ごとに借りるビルを分けるという使い方も成立するようになる。
フーミーフン開発が旧本社ビルを解体して23階・約10万㎡のC1複合施設を建てる計画は、敷地が約1.5ヘクタール、設計が日本設計、用途はホテル・オフィス・サービスアパートメント・商業の4構成。用途ごとの面積配分と着工・竣工の時期はいずれも公表されておらず、移転先の候補に入れるには情報が足りない。いま効くのは、ホーチミンの非CBDグレードAが入居率80%台で、平均募集賃料が1㎡あたり月29.63ドル(CBD平均比で39%安い)という足元の需給だ。ただしこれは非CBD全体の平均で、7区のPhu My Hung Towerは32〜35ドルと紹介されている。やることは3つ。契約更新が2年以内に来る会社は、7区の既存グレードAとグレードBから提示額を取り、平均値ではなく実額で比較表を作る。移転を検討する会社は、2026年Q4から2028年に竣工予定の非CBDグレードA4棟を候補に入れ、C1は時期未定の案件として別枠に置く。設計・施工側は、複合用途の運営要件をまとめられる体制があるかどうかを、ベトナム案件の提案資料で前面に出す。