ベトナムの電子産業で、取引を続けるために出す書類の中身が動いている。2026年9月16日にハノイで開かれたグリーンサプライチェーンのワークショップでは、温室効果ガスの算定結果や材料の出どころ、化学物質の管理状況を示せないサプライヤーが供給網から外れうると、業界団体が警告した。ベトナムに部材調達の軸足を移す日本企業には、取引先を選ぶ物差しが増える話になる。
ベトナム電子工業協会(VEIA)のドー・ティ・トゥイ・フオン氏は、グローバル供給網への参加が深まることは国内企業に機会を生む一方、海外顧客がサプライヤーを選ぶやり方自体を変えていると述べた。「ベトナム企業がグリーン移行に失敗すれば、グローバル供給網から排除されるリスクがある」として、省エネ技術から透明なESG管理体制まで、生産モデルの変更が要るという主張だ。
SGSベトナムでESGプロジェクトマネージャーを務めるチャン・ニャット・アン氏は、最終市場の環境要求がOEMと各階層のサプライヤーを経由して個々の工場に降りてくる構造を説明した。品質・コスト・納期が基本である点は変わらず、その上に炭素排出量、材料の産地、データの透明性が重なる。
アン氏によれば、買い手は大きく4領域でサプライヤーを評価しはじめている。以下は会合の説明に沿った整理で、特定企業の調達基準そのものではない。
| Area | 求められている内容 |
|---|---|
| 法令・安全 | 法規制・化学物質・労働・安全の要求を満たす |
| 環境データ | 温室効果ガスインベントリ、製品カーボンフットプリント、再エネ利用情報、材料トレーサビリティ |
| 改善の証明 | 基準値・目標・是正処置計画・実施スケジュールで示す改善 |
| 文書の一貫性 | 第三者が独立検証できる、追跡可能な記録 |
提出物の中心にあるのがScope 3である。Scope 1は自社が所有・管理する排出源からの直接排出、Scope 2は購入電力などに伴う排出を指す。Scope 3は上流・下流の間接排出を15カテゴリーに分けて扱い、この分類はGHGプロトコルが2011年に公表したCorporate Value Chain基準に由来する。
会合で示された数字では、ブランドの排出フットプリントの70〜90%がバリューチェーン内に位置しうるとされた。自社の工場と電力だけでは、削減目標の大部分に手が届かない。
ネットゼロを掲げたブランドが自社で削れる範囲は限られる。残りはサプライヤー側にあるため、OEMは目標をサプライヤー用のスコアカードと調達要件に翻訳する。ベトナムの工場には、抽象的な問いではなく数値と根拠資料の提出期限として届く。
これまで環境データは社内管理の情報だった。それが商談で扱う材料に変わりはじめている。電力・材料・生産量・品質・排出の数字が部署ごとに散らばり、一部が手作業の工場では提出物を組み立てられない。メーターや部品表、ERP、製造実行システム(MES)をつなぐ作業が前段に要る。サムスンがバクニン省の地場サプライヤーに生産データのデジタル化を働きかけてきた流れとも地続きだ(サムスンがバクニン地場調達をDXへ).
ベトナム統計局(NSO)の月次報告によると、2026年1〜8月の財の輸出額は3,748.4億ドルで前年同期比22.4%増。うち外資系(FDI、原油含む)が3,003.7億ドルで80.1%、国内資本は744.7億ドルで19.9%である。割り戻すと744.7÷3,748.4=19.87%で、公表比率と一致する。
| 項目(2026年1〜8月累計) | 米ドル | 円換算(1ドル=158.85円、2026年9月24日) | Share |
|---|---|---|---|
| 財の輸出額(全体) | 3,748.4億ドル | 約59兆5,400億円 | 100% |
| うちFDI企業(原油含む) | 3,003.7億ドル | 約47兆7,100億円 | 80.1% |
| うち国内資本企業 | 744.7億ドル | 約11兆8,300億円 | 19.9% |
| 電子製品・PC・部品の貿易収支(輸出−輸入) | 606億ドルの赤字 | 約9兆6,300億円の赤字 | ― |
NSOは1〜8月に貿易赤字の大きい品目の筆頭として、電子製品・コンピューターおよびその部品の606億ドルを挙げる。これは同じ品目グループの輸出入を差し引いた収支で、輸入額そのものではない。輸出大国でありながら中身の多くを輸入部材に頼る構造が、この一行に出ている。
19.9%は全品目の合計で、電子産業に限った比率ではない点は押さえておきたい。それでもインテルの後工程拠点のような大型FDIが輸出を押し上げる一方(インテルがベトナムに追加26億ドル投資)、地場サプライヤーが上位ティアに食い込めていない状況は続く。会合の「データを出せる能力」は、その食い込み口として持ち出された論点だ。
もう一つの論点が包装である。SGSベトナムのフイン・ラム・ジエム・ミー氏は、材料・化学物質・リサイクル可能性・設計をめぐる国際市場の要求が細かくなり、電子メーカーは製品の外側まで見る必要があると述べた。
欧州委員会の資料によれば、EUの包装・包装廃棄物規則(規則(EU)2025/40、PPWR)は2025年2月11日に発効し、2026年8月12日から適用が始まった。1994年の包装指令(94/62/EC)は同日で原則廃止。包装の最小化、消費者使用後の再生材含有率、リサイクル可能性の要求は2030年に向けて段階的に強まる見通しで、欧州委員会はEU市場のすべての包装を2030年までに経済的に成り立つ形でリサイクル可能にする目標を掲げる。部品の含有物質を管理してきた電子メーカーは、管理対象が箱、フィルム、印刷インキ、緩衝材へ広がる。
ややこしいのは責任の分かれ方である。包装設計を決めるのはグローバルブランド側で、EUでの拡大生産者責任を負うのは輸入者側になりうる。それでも材料を調達し、包装して出荷するのはベトナムのサプライヤーだ。ミー氏は、設計のリサイクル可能性を見直し、材料と化学物質を早期に試験し、出荷前に規制上の問題を洗い出せば、サプライヤーが能動的な役割を取れると説明する。
日本企業の実務に落とすと、変更点は小さい。見積依頼(RFQ)とサプライヤー評価票に、温室効果ガスインベントリの有無、製品カーボンフットプリントの算定経験、材料トレーサビリティの記録方法、化学物質管理の体制の4行を足すところから始まる。価格と納期で決めた取引先が数年後に欧州向け案件で使えなくなるリスクを、先に潰す作業だ。
取り違えやすいのが、数値の有無と検証可能性の差である。会合で挙がったのは、一貫して追跡でき独立した第三者が検証できる文書という条件だった。排出量の表があることと、請求書・メーター記録・部品表までさかのぼれることは違う。工場見学で資料を見るなら、元データがどのシステムに入っているかまで確認したい。
電子業界の国際団体IPCで国際関係担当バイスプレジデントを務めるデビッド・バーグマン氏は、スマートファクトリー化が生産データを収集・管理する能力と結びついていると指摘した。接続された生産システムはエネルギーと材料の使用量、生産実績、トレーサビリティを監視でき、顧客要求に応えるデータの一部を供給しうる。日本のメイコーがフート省で進める電子回路工場のような新設案件は、計測の仕組みを立ち上げ時に組み込めるかで数年後の対応力が変わる(Japan's Meiko begins construction of USD 500 million electronic circuit plant in Phu Tho Province).
欧州向け製品に部材を供給する取引先を1社選び、次の3点を聞くところから始めたい。
3問とも即答できる取引先は、EUや米国の顧客からすでに同じ質問を受けている可能性が高い。答えに詰まるなら、そこが着手点になる。どちらでも、聞いた時点で相手の準備状況は分かる。来期の調達方針を決める前に、この1社への確認を片付けておきたい。
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