ヒンドゥスタン・ユニリーバ(HUL)のシャンプーブランド Clinic Plus が、娘の日(Daughters’ Day)に合わせた新作フィルムを公開した。業界メディア MediaBrief が2026年9月23日に掲載した発表文では、母に育てられる娘ではなく、母を支える側に回った娘が主役に据えられている。MediaBriefが伝えた発表内容では「かつて娘に強さを教えた手が、いまは娘によって支えられている」と、役割の入れ替わりが説明されている。
インドで娘の日は9月最後の日曜にあたるとされ、2026年は9月27日。発表の9月23日はその直前に当てた形だ。インド市場で記念日フィルムを出す日本のブランドにとって、この一本は記念日広告が説教臭くならない置き方の実例になる。以下、発表文で確認できた事実と過去作との差分を整理する。
舞台は、ある女性作家が自分の人生から生まれた詩集の刊行を祝う出版記念の場。創作のきっかけを問われた母は娘を指し、物語は子ども時代へ戻る。幼い娘が、二つに分けるのではなく三つ編みをひとつにしてほしいと頼む場面で、強さは自分の内側にあるという中心の比喩が置かれる。
髪を編む手つきは、シャンプーブランドにとって商品の使用場面の内側にある道具立てだ。有名人を立てず日常の一場面で感情を動かした例では、ハーシーズ印の「しんどい日」を甘さで救うCMが同じ方向にある。菓子と髪の違いはあるが、どちらも商品が手に触れる瞬間を物語の骨にしている。
発表文によると、母の周囲は皆、難しい婚姻関係を我慢して合わせるよう助言する。別の見方を示すのが娘で、母が言わずに済ませたことの行間を読む。強さとは自分を選ぶことでもあるという流れを経て、母は自分の条件で人生を立て直し、冒頭の場に戻って娘こそ自分の強さの源だと述べる。
ここは誤読しやすい。描かれているのは最初からひとり親の家庭ではなく、困難な婚姻の中にいた母が選び直す過程だ。後述のシングルマザーへの言及は、設定ではなく担当役員の発言に出てくる。
母娘路線は今回が出発点ではない。MediaNews4u の2019年9月29日の記事では、同ブランドが Ogilvy India と共同で #MeriBetiStrong を立ち上げ、母が娘の髪を三つ編みにしながら自分の担ってきた役割を振り返り、娘にはもっと強くやれと助言する構成だったと書かれている。当時の HUL 側の発言者はハルマン・ディロン氏、肩書は Vice President, Hair Care。
In other words,三つ編みは7年前から同じブランドの道具で、今回はそれを娘が自分で選ぶ側に移している。長く走らせた表現資産を捨てずに向きだけ変える手つきは、マクダウェルズ・ソーダが長年の「友情」を捨てずに刷新した例と並べると分かりやすい。土台を残して主役の位置だけ動かせば、視聴者は前作との差分を受け取れる。
同じ MediaNews4u の2021年3月10日の記事によると、#MeriBetiStrong のデジタルフィルムが同年3月8日の国際女性デーに YouTube で公開され、父からの暴力を受ける母を娘の視点から描いた。女優のシュウェタ・ティワリ氏がこの動画を Instagram で共有し、娘への公開書簡を書いて、家庭内暴力に直面する女性に181番への通報を呼びかけたとも伝えられている。
2024年9月19日の記事では、娘の日の Beti Bann Ke Aana が Ogilvy と組んで公開され、女児の誕生を願ってよいという方向へ踏み込んだ。Ogilvy India の Anurag Agnihotri 氏は当時 Chief Creative Officer(West)として、息子や「健康な子」は願われるのに娘は願われないと述べている。
| 記事の掲載日 | 施策 | 描かれた母娘の関係 | 発表文で確認できた制作面 |
|---|---|---|---|
| 2019年9月29日(公開は9月21日) | #MeriBetiStrong | 母が娘の髪を編みながら助言する | Ogilvy India と共同で企画・制作 |
| 2021年3月10日(記事掲載日) | #MeriBetiStrong のデジタルフィルム | 娘の視点で母への暴力を描く | 3月8日に YouTube 公開 |
| 2024年9月19日 | Beti Bann Ke Aana | 娘が生まれることを願ってよいと呼びかける | Ogilvy が担当 |
| 2026年9月23日 | 娘の日フィルム | 娘が母の支えになる | 担当社の記載は今回の発表文では見当たらない |
発表文でディロン氏は、この物語を「インド全土の 1.3 crore のシングルマザーに捧げる」と述べている。crore は1,000万を表す単位なので、1.3 crore は 1.3 × 1,000万 = 1,300万人。億に置き換えると0.13億人で、ここで1桁上げると10倍になる。日本語では1,300万人と置く。
ただしこの数字の出典は発表文に見当たらない。同社の発言として引用するのは問題ないが、自社資料に転記するなら「HUL 役員の発言による」と主体を添えるか、公的統計で裏を取ってから使う。
2026年の発表文での肩書は Executive Director, Beauty and Wellbeing, HUL。2024年は Executive Director at Hindustan Unilever、2019年は Vice President, Hair Care だった。英語の Executive Director は会社によって指す範囲が違い、日本語の「副社長」「常務」に機械的に当てると別の役職になる。原文表記をそのまま残し、担当領域は Beauty and Wellbeing と書き添えるのが安全だ。
動画は同社の公式チャンネルで公開されており、タイトルには #MaaKiMazbooti のハッシュタグが付く。ヒンディー語の一行「beti hoti hai maa ki mazbooti」(娘は母の強さである、という趣旨)は、MediaBriefが掲載した英文でも訳さずそのまま置かれている。なお同社の公式サイトは本稿の取得時点でアクセスできず、リリース原文そのものは確認していない。
今回のフィルムは婚姻の困難と、自分を選ぶ選択に触れている。単発で持ち込めば、商品と関係のない社会テーマに乗っただけに見えかねない。Clinic Plus は2019年から同じ母娘の領域を続け、2021年に家庭内暴力、2024年に女児の誕生と踏み込んできた。今回はその延長線上にある。順番が逆なら同じ台本でも受け取られ方が変わる。
記念日を毎年同じ領域で積む型では、Red Label がガネーシャ祭を一杯のチャイで描いた広告も同じ発想だ。行事の由来を説明せず、行事の中で人が実際にする動作に商品を置く。
三つ編みをひとつにするか二つにするかという選択は、シャンプーの使用場面そのものだ。日本企業がインドで記念日フィルムを作るなら、メッセージより先に、自社商品が毎日触れられている動作を一つ決める。動作が決まれば記念日に寄せなくても物語が立つ。商品と無関係な筋立ての最後にロゴを置く構成は、蓄積のないブランドでは残りにくいだろう。
今回開けた資料で確認できたのは、公開時期、筋立て、タグライン、担当役員の発言、シングルマザー1,300万人への献辞。制作会社・出稿計画・尺・投下予算は今回の発表文では確認していない。2026年版への業界側の評価も、今回開けた記事の範囲では拾えなかった。過去作には2021年版に俳優シュウェタ・ティワリ氏の反応、2019年版と2024年版に Ogilvy 側クリエイティブ責任者の発言が残る。
| 確認する項目 | Clinic Plus の場合 | 自社で確かめること |
|---|---|---|
| 記念日 | 娘の日(9月最後の日曜。2026年は9月27日) | 祝日か記念日か、休業日が動くか |
| 領域の継続年数 | 母と娘で2019年から | 同じ領域で何年続けたか |
| 物語の道具 | 三つ編み | 商品が毎日触れられる動作 |
| Language | ヒンディー語タグラインを英文資料でも原語で維持 | 現地語の一行を訳し切っていないか |
| 数値の扱い | 1.3 crore=1,300万人 | crore・lakh を筆算で換算したか |
次にとれる行動を一つ挙げるなら、インド向けに出した自社の広告・SNS投稿を過去3年分だけ時系列に並べ、同じ人間関係や同じ動作が何回出たかを数えることだ。ゼロなら、今年の記念日に新テーマを立てるより、来年以降も続けられる動作を一つ決めるところから始める。Clinic Plus が7年を経て役割を反転できたのは、反転前の像が視聴者の側にできていたからだ。
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