インドの広告業界紙 Campaign India は2026年9月24日、ネスレ傘下の NESCAFÉ が Spotify と組み、ラップ曲「NESCAFÉ Hustle Anthem」を軸にした施策を展開していると報じました。コーヒーの味ではなく1曲を中心に据え、複数の映像を束ねて Meta・Spotify・YouTube に流す構成です。
日本の食品・飲料メーカーから見ると、タレントを立てたテレビCMとも短尺のSNS動画とも違う置き方です。ただし報道の書きぶりと、実際に確認できる素材の状態には差がありました。原文の記述と、YouTube 上で日付まで確かめられた事実を分けて整理します。
Campaign India の記事は「What does hustle sound like?(ハッスルはどんな音がするのか)」と問いかけ、深夜の勉強、創作の追求、自分のものを作ること——といった若いインド人の「頑張りの形」を並べます。それらをまとめる装置として新しいラップ曲を置いた、という説明です。
楽曲には、コーディング、音楽、アート、グループ学習という「頑張り」を描いた複数の映像が付きます。これらが Meta・Spotify・YouTube に配信され、音声と映像の両方で入口を作る構成だと記事は書いています。ローンチはクリエイターを招いた体験型イベントが先導した、とも記されています。
直接引用はネスレ・インディアの粉末・液体飲料部門責任者スナヤン・ミトラ氏(Sunayan Mitra)のものです。同氏は「若いインドは『ハッスル』の意味を定義し直している。仕事や野心だけでなく、自分にとって大事なことを自分のやり方で追うことだ」とし、その精神を若者文化にネイティブな形=音楽で捉えたかった、と述べています。記事に登場する人物名はミトラ氏だけです。
ここで語られているのは表現形式の選択であって、コーヒーそのものの訴求を下げた理由ではありません。
原文には「The campaign marks a shift from product messaging to culture-led brand building.(製品メッセージから文化主導のブランド構築への転換を示す)」という一文があります。ただしこれは引用符の外に置かれた記事側の記述です。前後には、ラップという形式が若者のメディア消費に合う、Spotify との協業でリスニング行動の中にブランドを置ける、といった分析的な記述が続きます。
つまり「製品の話を減らした」という評価は記事の中にありますが、なぜそうしたのかという動機の説明は、ブランド側の言葉としては置かれていません。ミトラ氏のコメントも、製品訴求をやめた理由ではなく音楽を選んだ理由を語るものです。ここを「製品の話をやめた理由」とまとめると、原文にない因果を足すことになります。
もうひとつ注意したいのが Spotify の位置づけです。記事は「In collaboration with Spotify」「Promoted across Meta, Spotify, and YouTube」と書いており、Spotify だけで聴ける独占配信だという記述はありません。「Spotify 独占」と紹介すると契約の性質を一段格上げすることになり、協業と独占配信は権利処理も費用構造も別物です。
記事は施策の開始日を明示していません。そこで公式 YouTube チャンネルと楽曲配信用の自動生成チャンネルを直接開き、公開日時と再生数を確認しました。数値は2026年9月26日(日本時間)時点の取得値です。
| 素材 | 掲載主体 | 公開日(インド時間) | 再生数(9/26時点) |
|---|---|---|---|
| NESCAFÉ Hustle Anthem(自動生成) | トピックチャンネル(TuneCore) | 2026年6月30日 | 約1,000回 |
| NESCAFÉ Hustle Anthem | NESCAFÉ India 公式 | 2026年7月31日 | 約65万6千回 |
| Introducing the sound of hustle | NESCAFÉ | NESCAFÉ India 公式 | 2026年8月6日 | 約1億4,900万回 |
中心となる映像「Introducing the sound of hustle」は8月6日付で、説明文には「情熱と野心と自己表現を祝うため」とあり、#BanaApniDuniya(自分の世界を作れ)が添えられています。取得時点の再生数は1億4,900万回台。原文が promoted と記す有料露出を伴う数字で、自然視聴だけの指標ではありません。
重要なのは日付です。記事は9月24日付ですが、楽曲と本編映像は7週間以上前から公開状態にありました。9月の報道が扱うのは楽曲の初公開というより、Spotify との協業とクリエイターを集めたローンチ体験という後段の動きだと読むほうが、確認できた日付と整合します。
自動生成側のアップロードには「Provided to YouTube by TuneCore」とあり、アーティスト名・作詞作曲者ともに「NESCAFÉ」、プロデューサー欄には NESCAFÉ と並んで Zico、Arkoday の名前があります。この曲は広告素材としてだけでなく、ディストリビューターを通した配信物として登録されているわけです。ブランド自身がアーティスト名義になっている点が、通常のCM楽曲との違いです。
同じ公式チャンネルには『NESCAFÉ Make Your World』がヒンディー語・ベンガル語・マラーティー語・グジャラート語・オディア語の別動画として並び、『Cold Coffee』もマラヤーラム語・カンナダ語などに割られています。一方でラップ1曲は言語別に割らず一本で置かれています。割る素材と割らない素材が同居しているのが現状で、日本のブランドが同じ構えを取るなら、その線引きを先に決める必要があります。
ディストリビューターを通して配信登録すると、曲は広告の一部ではなく単体のコンテンツになります。原盤・出版・実演の権利を誰が持つか、配信を止めたいときに止められるか、二次利用をどこまで許すかを制作前に決める必要があります。CM楽曲として発注した契約のまま配信に回すと、後から整理し直す手間が出ます。
1億回を超える再生は配信投下の結果であって、曲が自発的に聴かれた証拠ではありません。楽曲側の自動生成アップロードが約1,000回にとどまる落差が、その性格を示しています。音楽起点の施策を測るなら、映像の再生数ではなく保存・プレイリスト追加・検索流入といった聴く側の能動的な行動を指標に置く必要があります。
インド市場では、看板を残して見せ方だけを入れ替える打ち手が続いています。ディアジオ傘下のマクダウェルズ・ソーダは「友情」という核を残したまま缶と音楽を刷新し、G-SHOCKインドは新製品ラインも新しい起用も立てず既存コレクションの解釈だけを更新したフィルムを公開しました。今回のネスカフェも、製品の新規性ではなく形式を替えた側に並びます。
HUL傘下のRed Labelがガネーシャ祭に合わせ宗教を越える絆を一杯のチャイで描いたフィルムは、時期の文脈に乗せる型です。音楽に乗せるか、祭礼に乗せるか、既存資産を残して見せ方だけ替えるか——インドの飲料・嗜好品の打ち手は、この三つで整理できます。
自社で楽曲を作る前に、手元のブランド映像から音声だけを切り出し、それだけ聴いて意味が通るかを試すと早く判断できます。通らなければ映像に依存した作りです。
そのうえでインド向けに音楽施策を組むなら、①曲の権利を誰が持つか、②言語をどう割るか、③評価指標を映像再生ではなく聴取行動に置けるか——の3点を発注前に固めることをおすすめします。ネスカフェの事例で表に出ているのは形式と配信先までです。費用感は音楽制作会社とディストリビューターの双方に別々に当たるのが早道です。