ベトナムの民間大手VPBank(ベトナム・プロスペリティ銀行)をめぐる話が、2026年9月の同じ週に2つ動いた。ロイターは9月25日、三井住友銀行(SMBC)が現在15%を持つVPBankの持分を約20%へ引き上げる交渉を数か月続けていると報じた。ただし価格で折り合っておらず、まだ決まっていない。その3日後の9月28日、VPBankは生命保険子会社VPLifeが当局の営業免許を取得し、2027年第1四半期の開業を予定していると発表した。片方は成立していない買い物、もう片方はすでに下りた免許で、確度がまるで違う。それでも2件を並べると、ベトナムで金融の持分を取りにいく日本企業が必ず通る「値段の付き方」が見えてくる。本稿の円換算は1円=約165ドン(2026年9月下旬の実勢)を前提とし、ベトナムの通貨単位は tỷ=10億ドンで統一する。
ロイター(9月25日、Francesco Guarascio/Phuong Nguyen記者)は、交渉を知る4人の関係者を引用して、SMBCがVPBankの持分を15%から約20%へ引き上げる協議を進めていると伝えた。両社は2026年中の完了を目指しているが、数か月たっても価格で合意していない。VPBank側は2023年と同程度の上乗せを求め、SMBCはそれを受け入れていない。ロイターによれば、SMBCは私募増資の引き受けではなく市場で買い増す選択肢も社内で検討したという。SMBC、VPBankの両社はコメントを控えている。ベトナム国内では TheLEADER や VnExpress がこのロイター報道を引く形で伝えており、一次に近いのはロイターの取材である。
もう1件のVPLifeは、確定した事実だ。正式名称は Công ty cổ phần Bảo hiểm Nhân thọ Ngân hàng Việt Nam Thịnh Vượng(VPLife)。9月28日に当局の営業免許取得が公表され、開業は2027年第1四半期を予定する。設立自体は2025年4月28日の年次株主総会で承認済みで、そのときの決議では資本金2,000 tỷ ドン(2兆ドン、約121億円)、VPBankの出資比率は最大100%とされていた。取り扱うのは基本的な生命保険、医療保険、ユニバーサル型(liên kết chung)などだ。VPBankの発表と現地各紙は、SMBCをVPBankの戦略株主として紹介しているものの、VPLifeそのものへのSMBCの出資には触れていない。したがって、この免許を「SMBCと組んだ生保」と書くことはできない。VPBankグループの顧客基盤は4,000万人超とされ、既存のAIAベトナムとの提携も維持され、既契約者の保障はそのまま続く。
順番に置くと、今回の2件が突然出てきたものではないことがわかる。VPBankは2017年10月にAIAベトナムと15年間の独占販売契約を結び、2022年3月にこれを19年へ延長した。AIA側の当時の発表では、販売は同行の250超の拠点に広がっていた。つまりVPBankは、他社商品を売る代理店として国内有数の生保販売網を築いてきた銀行である。
2023年にSMBCがその15%を約15億ドルで取得した。ロイターは、この価格が当時の市場価値を約40%上回っていたとしている。SMBCはあわせて消費者金融子会社FE Creditの49%も保有する。2025年1月17日には、ベトナム国家銀行が経営不振のGPBankをVPBankへ強制移管すると発表した。移管計画の期間中、VPBankはGPBankへ資本を注入することになっており、その上限はVPBank自己資本金の20%相当と定められている。この強制移管の受け皿になったことが、後述する外資枠の特例につながる。
そして2026年。4月22日の株主総会でVPBankは2段階の増資を承認した。第1段階は26%超の株式配当で資本金を100,000 tỷ ドン(100兆ドン、約6,060億円)へ。第2段階は624百万株超を外国投資家1社へ私募発行して資本金を106,244 tỷ ドン(約6,440億円)へ引き上げる案で、引受先は「既存の戦略株主または適格な外国機関」とされ、社名は書かれていない。上期の業績は連結税引前利益が18,900 tỷ ドン弱(18.9兆ドン、約1,145億円)で前年同期比68%増、総資産は1,500,000 tỷ ドン(約9.1兆円)を超えた。買い手が上乗せを渋りたくなる一方で、売り手が強く出られる材料もそろっている局面だ。
価格が動かない理由を読むには、法令側の数字を押さえる必要がある。ベトナムの信用機関への外資出資は Nghị định 01/2014/NĐ-CP 第7条が定めており、外国人個人は5%、外国法人は15%、戦略的外国投資家は20%、そして外資合計は商業銀行の自己資本金の30%が上限だった。
この30%が2025年に動いた。2025年5月19日施行の Nghị định 69/2025/NĐ-CP が第7条に第6a項を追加し、強制移管を受け入れた商業銀行では外資合計が30%を超えて49%まで認められることになった。対象はGPBankを受けたVPBank、OceanBankを受けたMB、DongA Bankを受けたHDBankの3行で、国が自己資本金の50%超を持つ銀行は対象外。しかも特例が効くのは強制移管計画の実施期間中に限られる。
重要なのは、この改正が総枠だけを動かし、投資家1社あたりの上限には手を付けていない点だ。戦略的外国投資家1社の20%という天井は残っている。ロイターも「外資合計は原則30%、1つの外国投資家とその関係者は通常20%」と整理し、VPBankについてはGPBank再建への関与により49%の例外がある、と書いている。
| 区分 | 上限 | 根拠 |
|---|---|---|
| 外国人個人1人 | 5% | Nghị định 01/2014 第7条 |
| 外国法人1社(戦略投資家以外) | 15% | 同第7条 |
| 戦略的外国投資家1社 | 20% | 同第7条 |
| 外資合計(一般の商業銀行) | 30% | 同第7条 |
| 外資合計(強制移管の受け皿行) | 49%(移管計画の期間中) | Nghị định 69/2025 第6a項 |
この表を踏まえると、SMBCが目指す20%は「まだ余裕のある枠のうち5%」ではなく、1社として法令上取れる最後の増分にあたる。VPBankの外資合計は2026年4月初めで25%前後、増資を経て34%程度まで上がる見通しと報じられており、総枠49%にはまだ距離がある。つまり今回の交渉でぶつかっているのは総枠ではなく、SMBC自身の天井だ。買い手にとって、これは二度目がない買い物になる。
株価は素直に反応した。VPB株はロイター報道の日に4%上げ、出来高は4,400万株を超えた。株価水準は9月25日時点で1株22,350〜23,000ドン(約135〜139円)。この6か月で12%以上増えたのは時価総額のほうだ。持分を追加で買う側から見れば、買う前に価格が上がるのは歓迎しにくい展開だ。
VPBank側の姿勢は、外資枠をめぐる同行会長の発言に表れている。旧規制の30%では残り枠がいつ尽きるかわからず、49%への拡大は戦略パートナーの比率引き上げや新しいパートナーの招致に道を開く、という趣旨の説明をしていた。売り手として枠の希少性を理解している当事者である。
運用サイドの関心は個別案件より資金フローに向いている。証券会社VPBankSは、外資枠49%の解放とベトナム株の指数格上げをにらみ、外国人の売買が買い越しに転じて30億ドル規模の流入がありうると見立てを出した。FTSE新興国入りで組み入れられた27銘柄の過半が銀行と証券だったという構図を思い出すと、銀行株そのものが外国人の買い枠を争う対象になっている。生保子会社の設立も、VPBankに限った動きではない。テクコムバンクが自前の生命保険会社に増資した局面でも同じ論点が出ており、銀行が自前で生保を持つ流れはベトナムの大手民間銀行に共通する。
ここが日本企業にとって実務的な核になる。上場している銀行株なのに市価では買えない、という現象には理由がいくつも重なっている。
第一に、売り手が売っているのは株式ではなく枠だ。1社20%という上限がある市場では、その枠を押さえた投資家は同業他社を排除できる。VPBankから見れば、SMBCに20%まで出せば、他の外国金融機関が同等の地位に入る道はふさがる。排他性には値段が付く。
第二に、必要な量を市場で集められない。VPBankの規模で5%を市場から買い集めれば、買い進むほど株価が上がり、取得単価は上振れする。ロイターが伝えたように市場買い付けは選択肢に入るが、望む比率を短期間で確保する手段としては私募増資に劣る。売り手はそれを知っているから、まとめて出す代わりに上乗せを求める。
第三に、買い手が払っているのは経営権ではない。20%では連結しないし、単独で意思決定を握れない。それでも払う理由は、現地の顧客基盤・支店網・与信データへのアクセスと、自国顧客に対して現地で提供できるサービスの幅にある。SMBCの狙いとして、ベトナムに進出している日本企業と多国籍企業向けのサービス拡充が挙げられているのは、この戦略的価値の値付けそのものだ。経営権を取れない前提で、それでも欲しい機能に値段を付ける作業になる。
第四に、比較の物差しは自分の前回取引だ。2023年に約40%を払った実績があると、次も同じ水準が交渉の起点になる。ロイターの報道では、市場価格での5%相当は約4億2,500万ドル。単純計算で40%を上乗せすれば6億ドル弱で、差額は1億7,000万ドル前後になる。一度払ったプレミアムは、次の交渉で相手の期待値として戻ってくる。
日系企業への跳ね返りは、2つの経路で出る。1つは金融サービスそのもので、SMBCがVPBankへの関与を深めれば、現地法人のドン建て資金調達、給与振込、サプライチェーンファイナンス、決済まわりで日系向けの提案が厚くなる余地がある。もう1つは交渉の相場観だ。ベトナム側の株主は日本企業がプレミアムを払うことを学習済みで、金融以外の製造・流通・物流でも同じ期待が持ち込まれる。少数持分から入る型はすでに珍しくなく、双日が空港サービス会社の27.64%を取得した案件のように、経営権を取らずに事業に食い込む設計が増えている。
VPLifeの免許は、ビジネスモデルの置き換えとして読むほうが正確だ。AIAとの独占契約に基づく銀行窓販は、他社の商品を売って販売手数料を受け取る代理店ビジネスである。契約が生み出す保険料収入と、そこから長期に積み上がる利益はAIA側に残る。自前の生保を持つと、この経済価値が自社グループ内にとどまる。4,000万人超の顧客基盤を持つ銀行が、同じ顧客に自社商品を売る構図に変わる。
制度環境も、代理店ビジネス一本槍を続けにくい方向に変わってきた。2024年7月1日施行の改正信用機関法は第15条第5項で、信用機関とその役員・職員が任意加入の保険商品を銀行の商品・サービスの提供に抱き合わせて販売することを、形態を問わず禁じた。施行直後には解釈が定まらず保険代理業務を一時停止した銀行もあり、業界からはガイダンスを求める声が出ていた。加えて財務省の Thông tư 67/2023/TT-BTC は第53条第3項で、融資の全額実行前後60日間は投資連動型保険の勧誘・販売を行えないと定め、投資連動型商品の販売時には説明過程の録音を義務づけている。売り方への規制が細かくなるほど、短期の販売手数料を狙う設計は成立しにくく、商品開発と契約の継続性まで自社で握る構えが合理的になる。
ここで注意したいのは、VPBankがAIAとの関係を切っていない点だ。発表では、AIAはVPBankの戦略的保険パートナーとして協業を維持し、既契約の保障はそのまま続くとされている。自前の生保は2027年第1四半期の開業予定で、それまでの販売体制は現行のままだ。独占契約の残存期間と自社商品の立ち上げをどう並走させるかは、契約条件の問題であり、外部から断定はできない。
ベトナムの金融機関と組む、あるいは出資する検討に入るなら、意向表明より前に事実確認を終わらせておきたい項目がある。金融以外の業種でも、確認の順番は同じだ。
あわせて、自社が最初に払う価格は次回の交渉の起点になると考えておきたい。追加取得を将来の選択肢として残すなら、初回の契約に取得条件の算定式を入れておくかどうかが、数年後の交渉コストを左右する。
SMBCのVPBank20%は、2026年9月末の時点で交渉中であり、成立していない。確定しているのはVPLifeの営業免許と2027年第1四半期の開業予定、そしてVPBankの2段階増資の決議だ。この3つを同じ図に置くと、ベトナムの銀行株が外資にとって「上乗せ前提」で売られる市場であることが見えてくる。総枠は49%まで開いたのに、1社の天井は20%で据え置かれたまま。だからSMBCが買おうとしている5%は、法令上取れる最後の増分になる。希少なものは高い。
ベトナムでの出資や提携を検討している企業がこの週から持ち帰るべき作業は3つある。1つ目は、候補先の外資枠の残量と既存の戦略投資家を、条文と直近の開示で自分で確認すること。2つ目は、少数持分で何ができるかを権利の条文レベルで書き出し、そこから払える上限価格を逆算すること。3つ目は、相手が持ち出す「前例のプレミアム」がどの取引を指しているかを特定し、その取引の条件が自社案件に当てはまるかを検証することだ。価格の議論に入る前に、この3つが埋まっているかどうかで交渉の景色が変わる。