インドで食品や日用品を売ろうとすると、必ず「キラナ」という言葉が出てきます。町のあちこちにある個人商店のことです。店舗数では圧倒的多数を占め、ジェトロは2022年の時点でも「小売りの中心は依然としてキラナ」と書いています。ところが日本のメーカーがキラナに商品を置こうとすると、店に行っても話が始まりません。間に何段もの卸が入っているからです。
この記事では、メーカーからキラナの棚までに何段あるのか、各段が何を負担しているのか、そして日本企業が現実的にどこから始めるべきかを整理します。販路全体の選び方はインドの販路開拓はどこから?にまとめています。
ジェトロの調査報告書(2019年6月)は、インドの小売店舗数を全土で1,400万以上、うちトラディショナルトレードが店舗数の9割以上と推計しています。その代表がキラナで、家族経営の零細店舗が全土に1,200万店以上あるとされています。その後もジェトロは「小売りの中心は依然としてキラナと呼ばれる未組織の小規模店舗」と書いており、モダンリテールやECの比率は増えているものの、置き換わってはいません。
「未組織」というのが重要なところです。チェーン本部がなく、店ごとに経営者が違います。1社と契約すれば一気に数百店、数千店に置ける、という交渉相手が存在しません。
キラナの棚に何を置くかは、店主が決めます。店は狭く、置ける商品の数に限りがあります。だから店主は「売れるかどうか」と「自分の取り分がいくらか」で判断します。電通総研が2011年7月から8月にかけてデリーとムンバイの中小個人商店と独立系スーパーを対象に行った訪問面接調査(FMCG取扱店 n=243)では、新商品を置くかどうかの判断基準として「マージンが高いこと」を挙げた店が75%にのぼりました。
日本のメーカーが「品質が良いから置いてほしい」と説明しても、それだけでは棚は動きません。店主にとっては、限られた棚を何に使うかという話です。同じ調査では、FMCG取扱店のマージンは10%前後とされています。
15年前の2都市の調査なので、いまの数字そのものとして使うことはできません。ただ「店主が自分の取り分で判断する」という構造は、その後の各種の解説でも変わっていません。
キラナでは、洗剤やシャンプーを1本で買えない層向けに、1回分ずつ小分けした包装が売られています。ジェトロはこれを「地域のニーズに合ったサービス」として挙げています。日本の容量とパッケージをそのまま持ち込むと、そもそも店頭価格が地域の相場と合いません。売り場を選ぶ前に、商品のほうを寄せられるかを考える必要があります。
「何段あるのか」を考えるとき、商品の所有権が移る取引先と、店を回る営業の機能を混ぜると混乱します。分けて並べると次のようになります。
| 区分 | 呼び方 | 担うこと |
|---|---|---|
| 取引先 | C&F エージェント | 州ごとにメーカーの在庫を預かり、下流へ出荷する。所有権を持たない委託型が多い |
| 取引先 | スーパースタッキスト | 広域や地方部をまとめて仕入れ、下位の卸に配る。都市部では省かれることもある |
| 取引先 | ディストリビューター(スタッキスト) | 市や地区を担当し、在庫・配送・代金回収を引き受ける |
| 取引先 | 小規模卸 | 地区の中でさらに細かい店を受け持つ |
| 取引先 | キラナ | 店頭で消費者に売る |
| 営業の機能 | ビート営業 | 担当区域の店を曜日ごとに回り、注文を取る。ディストリビューターが人を抱える形が多い |
すべてが必ず入るわけではありません。都市部ではC&Fやスーパースタッキストが省かれ、地方部では逆に段が増えます。商品カテゴリーと地域で組み合わせが変わります。
実務の中心はディストリビューターです。担当する地区の店を把握し、在庫と配送、そして代金の回収を引き受けます。
「ビート」は営業の巡回ルートのことです。担当者が曜日ごとに決まった区域を回り、店を1軒ずつ訪ねて注文を取り、次の便で届けます。これは独立した卸の段ではなく、ディストリビューターが抱える営業の機能です。この巡回の網に自社商品が乗らない限り、店の棚には並びません。
日本から輸入する商品の場合、上の構造の手前に輸入者が入ります。
| 段 | 担うこと |
|---|---|
| 日本のメーカー | 輸出。FOB価格、最小ロット、賞味期限の設計 |
| インドの輸入者 | 通関、輸入ライセンス、現地表示のラベル貼付、国内在庫 |
| ディストリビューター | 地区への配荷、店への与信と回収 |
| 小売(キラナ・スーパー・EC) | 店頭販売 |
輸入者を挟むぶん、日本から店頭までの間に乗るコストは国産品より重くなります。同じ棚に並ぶ現地ブランドと価格で戦えるか、という問題が最初に来ます。
段が多いのは、在庫・与信・配送を誰かが負担しなければ流通が回らないからです。
各段の取り分は商品カテゴリーと地域で大きく変わり、公開された統一の数字はありません。だから他社の数字を前提に価格を組むと必ず合いません。候補のディストリビューターに、扱っている近いカテゴリーの条件を出してもらい、自社の品目で組み直すのが唯一の方法です。
インドの商談では、価格に段ごとの呼び名がつきます。ディストリビューターが仕入れる価格をPTS(Price to Stockist)、小売店が仕入れる価格をPTR(Price to Retailer)と呼び、パッケージに印刷するMRPと合わせて別々に議論されます。組み立てる順番は逆で、店頭価格から引き算していきます。
MRPは計量法で表示が義務づけられた上限価格で、実売価格と同じとは限りません。値引きをしたときに誰がその原資を持つかは、契約で決める項目です。ここを曖昧にしたまま始めると、販促のたびに揉めます。着地価格の組み立て方は輸入・ライセンスの支援で商品ごとに試算しています。
キラナ1店あたりの発注ロットは小さく、輸入・通関・国内配送のコストを乗せると直接取引は成り立ちません。数を押さえるには、間に立つ事業者を通すしかありません。
キラナは掛け売りが前提の商売です。売掛を持ち、焦げ付いたら被るという役割を日本の本社が引き受けるのは現実的ではありません。誰がリスクを持つかを決めないまま配荷を始めると、売上は立っても回収できません。コールドチェーンが弱く、輸送中の破損や遅延も起きます。ジェトロが取材した日本食品の輸入業者は、輸送の遅延や梱包の破損が年に複数回発生していると述べています。
インドに法人や拠点を持たない日本企業が輸入者になるのは、事実上難しいのが実情です。輸入に必要な輸出入者コード(IEC)の取得にはインドのPANが要り、食品の輸入ライセンスもインド国内で登記した事業者であることが前提になるためです。輸入・ライセンスの支援で、商品ごとの条件を整理しています。
外資が現地法人を作る場合、卸(Cash & Carry)は100%外資で可能です。消費者には売れませんが、GST登録などを持つ事業者向けであればよく、キラナへ卸す経路としてはこの形態が使われます。
単一ブランドの小売も100%外資で可能ですが、これは自社ブランドを自社で消費者に売る形態で、第三者の店に卸す権利はありません。外資51%超の場合は、購入額の30%をインド国内から調達する義務も付きます。同一ブランドで国際的に販売されていることなどの条件もあり、食品メーカーが軽く選べる形態ではありません。
キラナに届けたいのか、自社の店で売りたいのかで、取るべき形態が変わります。
日本から輸入した商品を、いきなり全国のキラナに配荷する計画は成立しません。単価が合わず、流通の各段を養えるだけの粗利が残らないからです。
手がかりになる例があります。ジェトロが2021年3月に取り上げた輸入業者Daily Need Eximは、2017年にインドで登記し、デリー・ムンバイ・ベンガルール・コチなど主要都市に計4拠点を置いていました。主な納品先は外資系ホテルと高級レストランです。同年2月にECサイトを開設して小売にも参入しましたが、当時は業務用規格中心の試験的な展開でした。同社は「感覚的には」と前置きしたうえで、自社が供給する食品の8割以上は日本人ではなくインド人に消費されている、と話しています。
1社の例なので、これがすべての商品に当てはまるわけではありません。ただ、業務用で実績を作ってから小売に広げるという順番は、単価の高い輸入品では理にかなっています。
ジェトロのレポートは、インド事情に詳しいインフォブリッジグループ代表・繁田奈歩氏の見解として「既存の商品を日本からそのまま輸出するモデルは、インド市場では特に通用しがたい」と記し、まずテストマーケティングから始めることを勧めています。売り場を決める前に、商品のほうを現地の価格帯に寄せられるかを確かめる順番です。
インドはGSTの導入で税制そのものは全国共通になりましたが、GSTの登録は州単位で、物流網も商習慣も取引相手も州ごとに変わります。最初から全国を狙うと、どの段も薄く広がりがちです。1都市で回る形を作ってから横に広げるほうが、結果的に早いことが多いはずです。デリー首都圏の売り場については日本ブランドが入っているインドのモールにまとめています。
キラナの流通は、いま外から揺さぶられています。10分配達を掲げるクイックコマースが都市部で広がり、既存の卸とキラナが反発しているためです。
消費財ディストリビューターの業界団体AICPDF(全インド消費財ディストリビューター連合)は2025年3月6日、Zepto、Blinkit、BigBasket、Swiggy Instamartの各社が深い値引きと「キャッシュバーン型」の運営で不公正な競争をしているとして、競争委員会(CCI)に申し立てました。同団体はその後も、ダークストアの保管基準を設けるよう求めるなど、行政への働きかけを続けています。
これは既存流通側の主張であり、中立の統計ではありません。
都市部の売り場をめぐって関係者の利害が衝突していること自体は、申し立てや規制要望が続いていることからうかがえます。ただ日本企業にとっては、キラナとクイックコマースのどちらに置くかという二択ではありません。クイックコマースは棚が狭く回転の速い商品しか残らない一方、キラナは単価が低い商品の世界です。自社の商品の回転と単価に合うほうを選ぶ話になります。クイックコマースの実情はインドのクイックコマースにまとめています。
この順番を飛ばして配荷を始めると、売上より先に回収と在庫の問題が出ます。どこから手をつけるかの整理からご相談いただけます。現地マーケティングの支援では、店頭とイベントを起点にした進め方をご案内しています。
現実的ではありません。1店あたりの発注量が小さく、輸入から配送までのコストが見合わないためです。インドの消費財流通はスーパースタッキスト、ディストリビューター、ビート営業という段を経て店に届く構造になっており、数を押さえるにはこの網に乗る必要があります。
ジェトロの2019年の調査報告書は、インドの小売店舗数を全土で1,400万以上、うちキラナを1,200万店以上と推計しています。トラディショナルトレードが店舗数の9割以上を占めます。チェーン本部がない未組織の小売なので、1社と契約して多数の店に置く、という交渉相手は存在しません。
必要です。GSTの導入で税制そのものは全国共通になりましたが、登録は州単位です。在庫を置く州が増えればその分の登録と申告が発生します。最初に攻める都市を1つに絞ったほうがよい理由のひとつがこれです。
商品カテゴリーと地域で大きく変わるため、公開された統一の数字はありません。ディストリビューターの粗利そのものは小さくても、与信の焦げ付き、販促の負担、返品が上に乗ります。候補の事業者に近いカテゴリーの条件を出してもらい、自社の品目で組み直してください。他社の数字を前提にすると合いません。
卸(Cash & Carry)の形態なら可能です。100%外資で設立でき、GST登録などを持つ事業者向けに売る形なのでキラナは対象になります。一方、単一ブランド小売は自社ブランドを自社で消費者に売る形態で、第三者の店に卸す権利はありません。外資51%超では購入額の30%をインド国内から調達する義務も付きます。
扱っている近いカテゴリーの取引条件(各段の取り分、与信日数、返品の扱い)、担当している地区とビートの本数、抱えている営業人員の数、取引しているブランドの一覧です。この4点が出てこない相手は、実際の配荷力を持っていない可能性があります。独占を渡す前に必ず確認してください。
ディストリビューターの業界団体AICPDFは2025年3月、Zepto、Blinkit、BigBasket、Swiggy Instamartが深い値引きで不公正に競争しているとして競争委員会に申し立てました。既存流通側の主張であって中立の統計ではありません。ただ、申し立てや規制要望が続いていること自体が、都市部の売り場をめぐって利害が衝突していることを示しています。日本企業にとっては二択ではなく、商品の回転と単価に合う売り場を選ぶ判断になります。