フィリピンのジョリビー・フーズ(Jollibee Foods Corp.、以下JFC)が、ベトナムのカフェチェーン「ハイランズコーヒー」を運営するSFブンタウ(SF Vung Tau JSC)の株式11%を、地場のベトタイ・インターナショナル(Viet Thai International JSC、以下VTI)へ2兆3,000億ドン(8,847万ドル)で売却することに合意した。JFCは2026年9月23日に開示し、The Investorが翌24日に報じた。取引が完了すると、JFCの持ち分は49%に下がり、VTIが51%を持つ。買い手のVTIは、ハイランズコーヒー創業者でCEOのデビッド・タイ氏が保有する会社だ。取引は規制当局の承認とその他のクロージング条件を前提としており、現時点では完了していない。
外食・食品の分野でベトナムに合弁で入っている日本企業にとって、この案件が実務的に効いてくるのは金額よりも条件のほうだ。代金の支払い時期、株式価値に連動した価格調整、そして過半を手放した側が何を残したのか。開示に書かれている範囲を、そのまま追ってみる。
JFCがハイランズコーヒーの事業に資本で入ったのは、傘下のJSF Investments Pte. Ltd.を通じてだ。The Investorによれば、2017年にJFCが親会社の持ち分を60%へ引き上げ、残る40%をタイ氏のVTIが保有した。VnExpress Internationalによれば、JFCは2012年に2,500万ドルでベトナム事業の49%を取得しており、2017年に60%へ引き上げるまでは、VTIが過半を持つ側だった。今回動くのは11%で、JFCの60%が49%へ、VTIの40%が51%へ入れ替わる。売り手として契約に署名したのは、このJSF Investmentsだ。なおJFCはハイランズコーヒーの香港事業の60%も保有しており、今回49%に下がるのはベトナム事業を運営するSFブンタウの持ち分だけだ。
価額の2兆3,000億ドンは8,847万ドルと併記されている。JFCは開示で、今回の取引がSFブンタウの株式価値を100%換算で約8億ドルと見る水準であり、JFCの帳簿に載る投資簿価を大きく上回るプレミアムだと説明している。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象会社 | SFブンタウ(SF Vung Tau JSC)/ハイランズコーヒーの親会社 |
| 売り手 | JFC傘下のJSF Investments Pte. Ltd. |
| 買い手 | ベトタイ・インターナショナル(VTI)/創業者デビッド・タイ氏が保有 |
| 譲渡比率 | 11% |
| 譲渡価額 | 2兆3,000億ドン(8,847万ドル) |
| 100%換算の株式価値 | 約8億ドル(JFCの開示。簿価を上回るプレミアムと説明) |
| 取引後の持ち分 | JFC 49%/VTI 51%(2017年以降はJFC 60%/VTI 40%) |
| 支払い条件 | 完了後の合意した期間内に支払い。株式価値に連動した上限付きの増額条項あり |
| JFCに残る権利 | 取締役会の議席と少数株主保護(株主間契約) |
| 上場計画 | ベトナム国内でのIPOを検討。2027年1〜3月期までの上場を目標(2026年3月のPSE届出) |
The InvestorとDealStreetAsiaはどちらも、VTIが譲渡代金を取引完了後の合意した期間内に支払うと伝えている。合意には、その期間中の株式価値に連動して代金が上振れする調整条項があり、上振れ幅には上限(キャップ)が設けられている。どちらの側の求めでこの条項が入ったのかは報じられていない。
持ち分の一部を現地パートナーへ譲る交渉に入っている日本企業にとって、押さえるべきは価格そのものより「いつ払うか」と「後からいくらまで動くか」が別の論点として設計されている点だ。
JFCが示した理由は3つある。ひとつは使途で、8,847万ドルを債務の削減、成長率の高い事業への再投資、株主還元に充てる方針を示した。ふたつめは位置づけで、成熟した消費者向け事業を育て、規模を広げ、現金化するという自社戦略の一部だと説明している。みっつめが評価額で、JFCはこの取引が自社の国際事業の上場に先立ってベトナムのコーヒー事業に独立した評価額を与えるものだとしている。加えてJFCは、取引後もハイランズコーヒーの経営陣、ブランドの方向性、店舗運営、フランチャイジーとの関係、従業員、顧客接点は変わらないと明言した。
ここから先は切り分けておきたい。JFC自身は、この取引が国内上場を前にベトナムのブランドに対するベトナム側の保有を深めるものだと述べている。そのうえでThe Investorは、この売却が地場企業が過半を取り戻す道を開くものだと位置づけ、VnExpress Internationalは創業者が支配権を買い戻すという趣旨の見出しで扱っている。今回の株式取得についてのVTI側の説明は、確認できた報道には出ていない。上場については、タイ氏がDealStreetAsiaの取材に対し、複数の投資銀行と選択肢を検討していると語っている。
上場の話は今回が初出ではない。The Investorは、JFCが2026年3月にフィリピン証券取引所(PSE)へ提出した届出で、ハイランズコーヒーがベトナム国内でのIPOを検討しており、2027年1〜3月期までの上場を目標にしていると伝えている。JFC自身は調達規模を開示していない。
足元の収益は伸びている。The Investorが引いたCOL Financial Groupのレポートでは、ハイランズコーヒーの2026年4〜6月期のEBITDAが4,404億ドン(1,685万ドル)で、前年同期比70.4%増に達した。BusinessWorld OnlineとInquirerは、同じ四半期の既存店売上が前年同期比11.5%増だったと伝えている。なお、この四半期の水準について、The Investorは6四半期ぶりの高さと書き、VnExpress Internationalは過去最高と書いており、両者の表現は一致していない。
上場をめぐる資本の動きとしては、家電量販のディエンマイサインが13.315兆ドンを調達したIPOと並べると性格の差がはっきりする。ディエンマイサインは新株発行で会社に資本を入れ、親会社MWGが約86%を残したまま議決権ベースで約13%を市場に出す切り出し型で、支配権は親会社に留まった。ハイランズコーヒーの今回の取引は、これとは別種のものだ。動くのは既存株で、会社に新しい資金は入らず、代金は売り手のJFCに入る。上場そのものもまだ目標の段階にある。「上場前の資本政策」と一口に言っても、会社に資本を入れる話と、既存株主の間で持ち分を動かす話は別物として読む必要がある。
The Investorは、取引完了後もJFCが株主間契約に基づいて取締役会の議席と少数株主保護を維持すると伝えている。議決権が過半を割っても、取締役枠と少数株主保護が残るかどうかで、持ち分49%の実質は変わる。
ハイランズコーヒーの規模も押さえておきたい。同チェーンは2026年4〜6月期末時点で直営とフランチャイズを合わせ1,062店(ベトナムと海外の合計、大半は国内)を構え、これはJFCが世界で展開する店舗数の約1割にあたる。国内1,000号店に到達した経緯は2026年6月の1,000店舗達成の回で扱っており、今回はこの店舗網をめぐって、過半の議決権がJFCからVTIへ移る話にあたる。ただしJFCは、経営陣・ブランドの方向性・店舗運営・フランチャイジーとの関係・従業員・顧客接点はいずれも取引後も変わらないとしている。持ち分を49%へ落としながら、取締役枠は手放さなかった。
日本企業が自社の合弁契約を点検するなら、今回の案件で論点になった項目から当たるのが早い。取締役会の議席、少数株主保護の範囲、譲渡代金の支払い時期、株式価値に連動した価格調整とその上限、そして将来の上場時に持ち分をどう扱うか。このうち取締役議席と少数株主保護は株主間契約に基づくものとされ、支払い時期と価格調整は今回の譲渡契約の条件として報じられている。上場時の持ち分の扱いは、いずれの報道にも出ていない。パートナーの選び方まで含めた合弁の組み立て方については、オランダのアルマックスがバクニン省で地場企業と組んだ合弁の型が、製造業側からの対照例になる。