タングステンを買う日本の超硬工具・半導体部材メーカーにとって、2026年9月は調達先の棚卸しをやり直す月だ。米国の重要材料メーカー、エルメット・グループ(NASDAQ: ELMT)が、ベトナムのマサン高機能材料(UPCoM: MSR)の株式4.99%を1億2,475万ドル(報道ベース)で取得し、あわせて8年超の引取契約を結ぶと9月24日に発表した。MSRはタイグエン省のヌイファオ鉱山と、精鉱を高純度化学品に変える精錬設備を一体で持つ。
効くのは金額ではない。エルメットはこの10日前、米国防省(発表文の表記は Department of War)から4億5,000万ドルの投資コミットメントを受けており、同省は普通株の最大19.9%相当のワラントなどを得る。ヌイファオの下流工程の一部が、米国政府が大株主になりうる企業との複数年契約に入る。同じ精錬設備から材料を受ける日本の買い手には、契約更新の時期と数量の前提を確かめる理由がある。
MSRの発表文によれば、取得される4.99%はマサン・グループ(HOSE: MSN)の完全子会社が持つ既存株式で、MSRへの新規払い込みではない。代金はグループ側に入り、連結バランスシートと資本配分の余力を厚くするとMSR自身が書く。取引後もグループは約87.46%を握る支配株主のままだ。「米企業がMSRに資金を入れて増産する」と読むとお金の流れを取り違える。
両社は取得がMSRの株式価値を25億ドルと置いた水準だと明記する。4.99%×25億ドル=1億2,475万ドルで、ジ・インベスター紙が伝えた取得額とぴたりと合う。MSRはこれを独立した基準値と呼び、12年以上商流の内側にいたNASDAQ上場企業が付けた水準だとする。支配権を動かさず商流を固める型は、双日が空港サービス会社の27.64%を取得した案件と比率も狙いも違うが、同じ棚に置ける。
複数年契約は8年超の期間で年約1,250トン(WO₃換算)のコミット数量を定め、初期契約期間の累計粗収入は約15億ドルと見込む(当時の価格前提)。MSRは供給に加えて転換(受託精錬)サービスも出す。
この1,250トンは金属タングステンの重さではない。米地質調査所(USGS)の注記では、WO₃のメートルトン単位1つにタングステン7.93kgが含まれる。含有率79.3%を掛けると1,250×0.793=約991トン(本稿の計算)。USGS推定の2025年ベトナム鉱山生産3,000トンに対しては約33%だが、これは販売量と鉱山産出量の比較で、MSRは提携鉱山から第三者の精鉱も追加調達して原料に入れる。同じWO₃基準で並べると、MSRが拡張する酸化物能力は年8,000トン超で1,250÷8,000=約15.6%、能力が8,000トンを超える分だけ比率は下がる。産出を丸ごと押さえたわけではない。
MSRの発表文は「10月前半のクロージングを目標とする」と書き、商業契約は出資完了と同時に発効するとする。一方、ジ・インベスター紙はエルメット側の発表に基づき、完了時期を2026年第3四半期と伝えた。9月24日時点で第3四半期は1週間も残らず、実務上は第4四半期の手続きと見るのが妥当だ。エルメットがMSRの取締役1名を得るという話も同紙の報道で、MSRの発表文は取締役枠に触れていない。
この案件の性格を決めるのは、エルメットが9月14日に出した発表だ。米国防省の新設部署 Economic Defense Unit から4億5,000万ドルの投資コミットメントを受け、クロージング時に2億ドルを引き出す。国防省は償還可能優先株、最大19.9%相当のワラント、独立取締役1名の指名権などを得る。別枠で子会社が国防兵站局(DLA)から上限20億ドル、確定拠出1億5,000万ドルのIDIQ契約を受けた。増分の供給が出るまで国防在庫への納入は始めない方針も併記する。
使い先も公表済みだ。メイン州・ミシガン州・オハイオ州の自社工場に1億6,500万ドル超、ネバダ州のスプリンガー複合施設に約1億5,000万ドルを充て、豪EQリソーシズらとの合弁でAPT転換能力を再稼働・拡張する。資金は米国内の転換能力の復旧と、米国・豪州・スペインの鉱山や処理に向かう。ベトナムからの引取契約はその供給網を商業側から埋める一本だ。
発言は発表ごとに分けて読む。9月14日の発表でエルメットのピーター・V・アナニア会長兼CEOは「強靭なタングステン供給の確保に向けた重要な一歩だ」と述べ、国防省EDUのジョージ・K・コリティデスII所長は「タングステンの処理能力を米国に取り戻す」と述べた。9月24日のMSR発表文では、MSRのダニー・レー会長が「エルメットは12年、当社のサプライチェーンの内側にいた。信頼が資本に変わるとはこういうことだ」とコメントしている。
米地質調査所が2026年2月に公表した Mineral Commodity Summaries の2025年推定値(シェアは本稿計算)。
| 国 | 2025年推定鉱山生産(トン・W含有量) | 世界シェア(本稿計算) | 埋蔵量(トン) |
|---|---|---|---|
| 中国 | 67,000 | 78.8% | 2,500,000 |
| ベトナム | 3,000 | 3.5% | 170,000 |
| 世界計(丸め) | 85,000 | 100% | 4,700,000超 |
USGSは、2024年末に米国が通商法301条(b)で中国産のタングステン製品への関税を50%へ引き上げ、2025年2月に中国が一部品目へ輸出管理を導入した結果、2025年を通じて価格が急騰したと整理する。ロッテルダム価格は65%精鉱が1メートルトン単位266ドルから551ドルへ、APTが331ドルから675ドルへ動いた。米国は2015年以降タングステンを商業採掘せず、輸入元(2021〜24年)は中国26%、ドイツ14%、ボリビアとベトナムが各8%。
MSRは顧客網が日本・韓国・欧州に及ぶと書く。超硬工具用の炭化タングステン粉、半導体の配線・バリア材、医療用の遮蔽材のどれかで、一次サプライヤーの先がヌイファオに寄っている可能性がある。商社経由だと帳票に産地は出ない。
ベトナムではサムスンの15億ドル規模の半導体テスト工場のように後工程の集積が進み、同じタイグエン省ではポスコ・フューチャーMの人造黒鉛負極材工場の計画も動く。
取得額とMSRの業績はドル建てで公表され、取引額のドン建て表記は一次資料にない。一方、MSRの初配当は1兆1,000億ドンとドン建てで公表されている。ベトコムバンクの9月25日午前(ハノイ時間)の電信相場は1ドル=25,800ドン、1円=159.64ドン。1兆1,000億ドン÷25,800=約4,264万ドルで、MSRが併記した「約4,200万ドル」と符合する。1ドル=25,800÷159.64=約161.6円で他も換算できる。
| 項目 | 一次資料・報道の建値 | ドン換算(本稿計算) | 円換算(本稿計算) |
|---|---|---|---|
| 取得額(4.99%) | 1億2,475万ドル | 3兆2,186億ドン | 約202億円 |
| 8年超の累計粗収入 | 15億ドル | 38兆7,000億ドン | 約2,424億円 |
| MSRの初配当 | 1兆1,000億ドン | 1兆1,000億ドン | 約68億9,000万円 |
累計15億ドルを8年で割ると年平均1億8,750万ドル、約303億円。MSRが見込む通期売上14億ドルの約13%だ。上期は売上4億2,300万ドル・税引後利益8,300万ドル。単価上昇で伸びた会社が長期の数量枠を1割強積んだ、と読める。
| 確認項目 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 出資完了の目標 | 2026年10月前半(規制・社内承認が条件) | MSR発表文 |
| コミット数量 | 年約1,250トン(WO₃換算)・8年超 | MSR発表文 |
| HOSE移行 | UPCoMからの移行を継続 | MSR発表文 |
| 取締役1名の派遣 | theinvestor.vn の報道のみ | theinvestor.vn |
今週動かせることは一つある。購買部門で「ベトナム産タングステンへの依存度」を1枚にまとめ、一次サプライヤーへ書面で照会を出すことだ。聞くのは、ヌイファオ由来か、2027年以降の数量枠はどう確保されるか、建値はドル建てかAPT指標連動か、の3点でいい。