インドの鉄筋ブランド「Rungta Steel」が、シャー・ルク・カーン、アリア・バット、ランビル・カプールの3人を1本の映像に同時に出した。公開は2026年9月下旬。内容は自社商品の強さを真面目に語るものではなく、鉄筋(TMT鉄筋)の広告が毎回やってきた型を、鉄筋メーカー自身が笑うという構成になっている。作ったのはクリエイティブエージェンシーのThe Script Room、制作はMr. & Mrs. Films。建材という地味なカテゴリーにトップ級の俳優3人を並べたという事実だけで、日本の素材・部材メーカーがインドで値段以外の勝ち方を探すときの材料になる。
作品はブランドの企画会議のような場面で始まる。3人は役を演じるのではなく「自分たち本人」として登場し、Rungta Steelの広告はどう作るべきかを言い合う。それぞれが自分の代表作の持ち味を持ち込んだ案を出し、話は噛み合わないまま進む。最後は鉄筋の広告とは思えない本格的なミュージカル場面に転がり、ブランドメッセージの「Ekdum Solid Strength」で締まる。
Rungta Mines Ltd.でTMT・線材・セメント事業の販売マーケティングを統括するArvind Kumar氏は、この狙いを「Rungta Steelの強さを、楽しく、他と違い、消費者がつながりやすい形で提示したかった」と説明している。同時に「最終的に長く信頼を作るのは製品の強さだ」とも言っており、ふざけた作りと製品訴求を切り離していない。
媒体計画の内訳(TV・デジタル・OOHの配分や投下量)は発表されていない。Rungta側が公表しているのは、想定する受け手が「住宅のオーナー、ビルダー、建設の専門職」という点までだ。
インドのTMT鉄筋の広告には定型がある。建設現場の俯瞰、鉄筋を曲げても折れない実演、地震や台風に耐える家、重々しいナレーション、そして「強さ」の数値。Rungtaの新作はこの定型を否定するのではなく、定型をそのまま舞台に上げて、やりすぎてみせるやり方を取っている。耐久性の訴求は振り付けに置き換わり、荘重なナレーションは3人の言い争いに置き換わる。
| 鉄筋カテゴリーの定型 | 今回の作品での扱い |
|---|---|
| 建設現場のモンタージュ | ブランドの企画会議室に置き換え |
| 曲げ・引張りの実演 | 実演せず、強さは言葉とダンスで言う |
| 重いナレーション | 3人が自分の案を押し合う会話 |
| 規格・等級の数値訴求 | 数値を出さず「Ekdum Solid Strength」の一語に集約 |
| 家族の安心を描く情緒 | 情緒を抜き、ミュージカルの誇張に寄せる |
この手は、カテゴリー内で既に広告が飽和しているときにだけ成立する。見る側が「鉄筋の広告はこういうもの」と知っていないと、パロディが単なる意味不明な映像になる。つまりRungtaは、インドの消費者がTMT鉄筋の広告文法を学習し終えていると判断している。カテゴリーの成熟度についての賭けであり、商品の賭けではない。
今回が突発的な大型投資ではない点が重要だ。Rungta TMTはこの数年、同じ3人を軸にしたキャンペーンを重ねてきており、今回はその続きにあたる。過去作では3人をそれぞれの当たり役(シャー・ルク・カーンの『Don』、アリア・バットの『Gangubai』、ランビル・カプールの『Barfi』)に寄せて使っている。
つまりブランド側は、最初に「この3人=Rungta」という紐付けを作り、それが定着したところで、今回その紐付け自体をネタにした。順番が逆なら成立しない。1本目でいきなり「広告の型を笑う広告」を出しても、笑われる型を自分が持っていないので空振りする。
この積み上げ方は、創業者の社是という一点を起点に据えたブリヂストンのインド30周年フィルムとは正反対の設計だ。ブリヂストンは語る中身を企業の内側から取り、Rungtaは語る形式を広告業界の外側から借りている。どちらもタレント頼みの単発ではなく、何を資産として積むかを決めている点は共通する。
素材や部材は本来、設計者・施工者・流通が選ぶものだ。消費者は目にしないし、完成後は壁の中に隠れる。Rungtaが想定受け手として挙げているのは「住宅のオーナー、ビルダー、建設の専門職」で、施主だけに絞っているわけではない。鉄筋の銘柄は施主・施工者・建築家・職人が入り混じって決まるとされており、Rungtaはその全員に同じ1本を当てている。
ここから先は筆者の見立てになるが、施主が鉄筋のブランドを言えるようになると、流通の力関係が動く。販売店は在庫を置く理由ができ、施工者は「指定されたから」で仕入れを説明でき、メーカーは値引き以外の交渉材料を持つ。広告費が販促費ではなく流通への交渉力を買う支出になる、という読み方だ。Rungtaの配荷率や指名率は公表されていないので、この効き方を数字で確かめることはできない。インドでタレント起用が建材・工具・タイヤまで降りてきている事実が、傍証にはなる。
B2Bの看板を掲げたまま消費者に語りかける例は増えている。物流大手のDP Worldがサチン・テンドルカールを立てて紅茶とスマートフォンの輸送を案内した新作フィルムも、自社の顧客ではない層に向けて作られている。荷主にとっての信用は、一般層の認知からも作れるという判断だ。
ここが実務の本題になる。日本の素材・部材メーカーがインドで売るとき、Rungtaのやり方から持ち帰れるものは限られているが、持ち帰れるものは大きい。
持ち帰れるのは「指定を取りに行く」という発想だ。日本の素材メーカーは商社・ゼネコン・設計事務所の階層を通して売るのが通常で、最終使用者に名前を知らせる投資をほとんどしない。インドの住宅は施主が直接材料を決める比率が高く、同じ構造を日本と同様に扱うと、現地メーカーが押さえた指定の外側で値段だけの競争に入る。先に名前を置く側が、価格以外の軸を持つ。
持ち帰れないのは投下量そのものだ。トップ級の俳優3人を同時に、しかも3年4本続けられるのは、鉄鉱石の採掘から一貫して持つRungta Mines Ltd.の規模があるからだ。日本企業のインド法人の販促予算でこれを真似すると、1本で終わって資産が残らない。積み上げを前提にできない予算なら、タレント起用は選択肢から外すべきだ。
代わりに取れる型は、製品の約束を1点に絞って繰り返すやり方になる。エスコート・クボタがMUシリーズで8年保証を前面に出した広告は、タレントの力ではなく「8年」という検証可能な数字を資産にしている。保証年数・補修対応・在庫の置き場所のように、競合が真似すると原価が上がるものを広告の主題にするほうが、日系メーカーの体力に合う。
Rungtaの打ち手を、日本側の稟議にかけられる形に分解すると5つの欄になる。
| Issue | Rungtaの答え | 日系メーカーが決めるべきこと |
|---|---|---|
| 誰に語るか | 施主・ビルダー・施工専門職 | 指定権が流通のどの層にあるかを実地で確認する |
| 何を資産にするか | タレント3人とブランドの紐付け | 繰り返して積める約束が社内にあるか |
| 投下の継続年数 | 3年で4本 | 単年予算か複数年コミットか |
| 広告費の回収先 | 流通での交渉力と棚 | 販売店・施工者に配る理由が作れるか |
| 撤退条件 | 公表なし | いつやめるかを着手前に決める |
5行目を空欄のまま始めると後で詰まる。タレントを立てた広告は、出し続けている間は資産になるが、止めた瞬間に「あのブランドはどうなったのか」という問いを残す。始めるコストは見積もれるのに、やめるコストは見積もりにくい。着手前に、何年で何本出すのかと、やめるときの条件を同じ紙に書いておく。
鉄筋がここまで来たなら、セメント・塗料・配管・電線・サニタリーといった隣接カテゴリーでも同じ手が出てくる可能性はある。Rungta自身がTMT・線材・セメントを並べて持っているので、鉄筋で作った認知をセメントに回す選択肢は手元にある。ただしセメント側でどう動くかは公表されていない。
その先で起きるのは、カテゴリー内の広告が全部似てくる段階だ。今回Rungtaが笑った型は、もともと各社が成果を出したから定型になった。パロディが効くのは、定型が飽きられた最初の数社までで、全員がパロディをやれば次の定型になる。日系メーカーが遅れて参入するなら、定型を笑う側ではなく、笑われていない軸を1本持ち込むほうが位置を取りやすい。
第一に、インドでは素材・部材が消費者ブランドとして競争している。設計者と商社だけを見ていると、指定が決まる場所を見落とす。
第二に、タレント起用は単発では資産にならない。Rungtaは3年4本で紐付けを作ってから、その紐付けをネタにした。複数年の投下を約束できないなら別の軸を選ぶ。
第三に、日系メーカーが取りやすい軸は保証・補修・在庫といった検証可能な約束のほうだ。真似するたびに競合の原価が上がるものを主題にすれば、投下量の差を埋められる。
次のアクションとしては、自社製品がインドで「誰に指定されて」売れているかを、販売店と施工者に直接聞く作業から始めるのが早い。カタログの配布先と、実際に銘柄を決めている人が一致していないケースは珍しくない。一致していないなら、広告の前に話す相手を変えるだけで効く。
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