港湾・物流大手のDP Worldが、サチン・テンドルカール氏を出した新しいブランドフィルムを公開した。リリースの発信地と日付はムンバイ・2026年9月9日。インドの広告業界メディアCampaign Indiaが9月22日に記事化した。本文は購読者限定のため、以下の事実はリリース全文を載せた媒体で照合している。
顧客の大半が企業であるDP Worldが、国民的クリケット選手を前に立てて一般視聴者向けの映像を打つ。ただしリリースが使う肩書きは以前からの「グローバルアンバサダー」で、この関係は2023年10月に発表されている。
リリースの書き出しは商品でも港でもない。一杯の紅茶、スマートフォン、着ている服、乗っている車。どれも「どこで作られ、どう手元まで来たか」を意識されないまま使われている、という入り方をする。フィルムはその行程を原産地から届け先まで追う構成だと説明されている。
映像が扱う範囲は倉庫業務、陸海空をまたぐ多式輸送、技術、ラストマイル配送。そこに登場するのは倉庫チームやオペレーターといった実務者だとリリースは書いており、設備の性能より働く人に寄せている。掲げたメッセージは「We move the world to change what’s possible」。
制作体制も公表されている。企画はMcCann、監督はBlack Picture Co.創業者のHarsha Prabhakar Rao氏で、制作も同社が担当した。露出面はテレビ・屋外・デジタル・ソーシャルの4系統。一方で出稿額、放映期間、テンドルカール氏との契約条件は、このリリースには書かれていない。
| Item | 公表されている内容 |
|---|---|
| リリース発信 | 2026年9月9日・ムンバイ |
| メッセージ | We move the world to change what’s possible |
| Starring | サチン・テンドルカール氏(DP World グローバルアンバサダー) |
| 企画 | McCann |
| 監督・制作 | Harsha Prabhakar Rao氏/Black Picture Co. |
| 露出面 | テレビ・屋外・デジタル・ソーシャル |
| インド側コメント | Hemant Kumar Ruia氏(Country Manager – India) |
リリースはテンドルカール氏を一貫して「DP World Global Ambassador」と呼んでいる。DP Worldの公式ニュースを遡ると、同氏を「new DP World Global Ambassador」と紹介したのは2023年10月4日付のリリースだった。今回のフィルムは、約2年続いてきた関係の延長線上にある施策になる。
2023年10月のリリースは、ICCと組んだ「Beyond Boundaries」の発表だった。改造コンテナ50本を世界の草の根クリケットクラブへ届け、各コンテナに用具一式250組(バット、ヘルメット、グローブ、パッド)を積む。コンテナはスコアボードや座席を備えたパビリオン兼用だとリリースは説明し、女子の更衣室としても使えるとテンドルカール氏が当時のコメントで触れている。第1号はムンバイのNSCIで公開された。
直近の前例は2026年2月6日、ICC男子T20ワールドカップに合わせたTVキャンペーン「Go Beyond」。テンドルカール氏に加えAbhishek Sharma選手とSuryakumar Yadav選手が登場した。リリース上の呼び方はそれぞれ「Global Ambassador」「Brand Ambassador」「India Captain」で、肩書きは分けて書かれている。企画はOgilvy India(グルガオン)、監督はFaraz Ali氏、制作はCrazy Owl Films。9月のフィルムとは制作陣がまるごと違う。
インド責任者のHemant Kumar Ruia氏はリリースで、物流は舞台の外側で動いているが日常を動かし続けている、として、陸・空・海をまたいで働く人・インフラ・技術を前面に出すのがこのフィルムだと述べている。テンドルカール氏のコメントも、ほとんどの人が見ることのない世界に入れたのが嬉しかった、製品や配送の裏側には人の物語がある、という内容に終始している。
リリースが説明しているのは「物流の能力が、DP Worldが最終的に相手にしている企業と消費者にとって何を意味するか」を示す、というところまでである。B2B企業が知名度を取れば商談の入口が増える、という説明はリリースには出てこない。そこから先は読む側の解釈になる。
ここからは筆者の見立てになる。荷主企業の担当者も帰宅すれば紅茶を飲む生活者であり、一度も見たことのない社名より、どこかで見た社名のほうが社内稟議で説明しやすい。DP World側の説明は前段までである。
フィルムの出来は好みの問題になるので、DP World自身が公表した数字を並べておく。円換算は2026年9月25日時点の参考レート1ドル=157.59円で計算した。
| Item | Value | 公表日 |
|---|---|---|
| 2026年上半期の売上高(全社) | 127億ドル・前年同期比13.1%増(約2兆円) | 2026年8月13日 |
| コンテナ取扱量(ジェベルアリを除く) | ライクフォーライクで6.5%増 | 2026年8月13日 |
| ムンドラ国際コンテナターミナルのCY25取扱 | 約150万TEU・13.6%増 | 2026年3月16日 |
| 同ターミナルの寄港回数(CY25) | 762回・6.57%増 | 2026年3月16日 |
| 同ターミナルのインドGDP寄与(2024年の単年) | 1億2,890万ドル(約203億円) | 2026年5月27日 |
| 輸送接続の改善による2035年までのGDPインパクト予測 | 92億ドル(約1兆4,500億円) | 2026年5月27日 |
| インド沿岸輸送ネットワーク | 14港・自社船10隻、2025年に47万3,000TEU超を取扱 | July 7, 2026 |
下2行はどちらもOxford Economicsの調査だが、測る対象が違う。1億2,890万ドルはターミナル運営が2024年の1年間にインドのGDPへ与えた寄与額、92億ドルはMICTによる輸送接続の改善が2035年までにもたらすと見込まれる予測値である。単年の実績推計と長期の見込みなので、桁が70倍違っても矛盾しない。
今回のフィルムは、2年分の関係と過去2本の施策があった上に載っている。同じ絵面を日本企業がゼロから作ろうとすると、契約交渉と初回の認知づくりが先に来る。DP Worldはそこをすでに済ませていた。
紅茶・スマートフォン・衣類・自動車という入口の選び方は、受託製造や素材を担う日本企業にも移せる。食品OEMなら、店頭の商品のどの一口が自社の工程を通っているかを1点に絞るほうが伝わる。設備一覧から入ると視聴者は最後まで見ない。
インドの物流分野では、Porterが4言語28本の広告で「jugaad(やりくり)」という現地の美徳をあえて否定する側に回った例がある(物流Porterが「jugaad」を敵に回した広告)。有名人に頼らず感情だけで組み立てたハーシーズ・インディアのCM(有名人なしで「しんどい日」を甘さで救う新CM)も同じ時期に出ている。日系の例では、ブリヂストン・インディアが創業者の社是を起点にした30周年フィルムを公開した(創業者の社是を起点に据えたブリヂストン印30周年のフィルム)。起用費をかけずに輪郭を出す道も、現に選ばれている。
次にとれる行動を1つに絞るなら、自社が関わる生活財を1つ選び、原料の産地から店頭までの行程を90秒ぶんの箇条書きにしてみたい。DP Worldがやったのは、その箇条書きに顔と声を足しただけである。書き出してみて工程が3行で終わるなら、映像より先に工程の説明を整えるほうが早い。
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