インドは、世界で最も急速にデジタル決済が普及した国のひとつです。その中核を担うのがUPI(Unified Payments Interface:統合決済インターフェース)であり、NPCIの集計によると、2025年1月から12月までのUPI取引件数は2,283億件、取引総額は299.7兆ルピーでした。2025年の月次平均レート(1ドル=87.1ルピー)で換算すると約3.4兆ドルにあたります。2024年は1,722億件・246.8兆ルピーでしたから、件数で約33%、金額で約21%の増加です。2026年8月1日にNPCIが公表した2026年7月単月の実績も236.6億件・29.88兆ルピーと、前年同月比で件数が22%、金額が19%伸びており、インドの日常的な経済活動がデジタル決済によって根本的に変容したことを示しています。
日系企業がインド市場で事業展開する際、デジタル決済のエコシステムを理解することは不可欠です。消費者の購買行動、流通チャネル、BtoB取引のすべてがUPIを通じたキャッシュレス化の影響を受けています。本記事では、インドの電子マネー・デジタル決済の最新動向を包括的に解説します。インド市場全体の概要もあわせてご参照ください。
UPIは、インド決済公社(NPCI: National Payments Corporation of India)が2016年に開始したリアルタイムモバイル決済システムです。銀行口座に直接紐づいたスマートフォンアプリを通じて、個人間(P2P)・個人対店舗(P2M)の即時送金が24時間365日、手数料無料で可能です。
UPIの革新性は以下の点にあります。
2025年12月時点で、UPIの月間取引件数は216.3億件、1日あたり約6.98億件に達しています。インド国内のデジタル決済取引の約85%がUPIを通じて行われており、もはや単なる決済手段ではなく、インド経済のデジタルインフラそのものとなっています。
UPI市場は、PhonePeとGoogle Payの二強が全体の85%以上を支配する寡占状態にあります。2025年の最新データでは以下のシェア構成となっています。
| アプリ名 | 市場シェア(取引件数ベース) | 月間取引件数(概算) |
|---|---|---|
| PhonePe | 48.3% | 約104億件 |
| Google Pay | 37.0% | 約80億件 |
| Paytm | 7.8% | 約17億件 |
| その他(CRED、Amazon Pay等) | 6.9% | 約15億件 |
PhonePeは2022年12月にFlipkartから分離した決済事業者で、ウォルマートが大株主です。2025年に上場手続きへ入りました。Tier2・Tier3都市への積極的な浸透戦略により、最大シェアを維持しています。
Google Payは、Googleのブランド力とAndroidエコシステムとの統合により、都市部のデジタルネイティブ層に強い支持を得ています。UPI以外にも、国際送金やクレジットライン機能の拡充を進めています。
NPCIは市場の過度な集中を防ぐため、単一アプリのシェア上限を30%とする規制を検討してきましたが、2025年1月に施行期限を2026年12月まで延長しました。この規制が実際に施行された場合、UPI市場の構造は大きく変動する可能性があります。
UPIのユニークユーザー数は2026年半ばに約5.5億人へ達しています。NPCIとインド政府は「1日あたり10億件の取引」をFY2026-27頃に達成する目標を掲げています。特筆すべきは、この成長が都市部だけでなく、Tier2・Tier3都市や農村部にも急速に波及している点です。
UPIの地方浸透を加速させている要因は複数あります。
インドの中間層の拡大とデジタル決済の普及は相互に促進し合っており、EC市場、オンラインサービス、サブスクリプションモデルなど、デジタル消費の基盤を強化しています。
UPIは国内市場での成功を踏まえ、2021年以降、国際展開を急速に進めています。2026年3月時点で、以下の国々でUPI対応のQRコード決済や現地即時決済システムとの相互接続が実現しています。
特に注目すべきは、2025年10月にNTTデータとインド決済公社の国際部門であるNIPL(NPCI International Payments Limited)が、日本国内でのUPI導入に向けた基本合意書(MoU)を締結したことです。これはUPIにとって初の東アジア展開であり、訪日インド人観光客やビジネス渡航者向けの決済サービスとして、日本の小売・飲食・観光業界に新たなビジネス機会をもたらす可能性があります。
インド準備銀行(RBI)は、2022年11月にホールセール型(銀行間大口決済用)、同年12月にリテール型(個人・事業者間小口決済用)のデジタルルピー(e₹)パイロットプログラムを開始しました。デジタルルピーは、法定通貨のデジタル版として、UPIとは異なる位置づけのCBDC(Central Bank Digital Currency)です。
しかし、デジタルルピーの普及は当初の期待ほど進んでいません。主な課題は以下の通りです。
RBIはパイロットプログラムを段階的に拡大しつつも、UPIの爆発的普及を受けて、デジタルルピーの戦略的位置づけを再検討している段階にあります。日系企業がインドの決済戦略を検討する際には、当面はUPIを中心としたキャッシュレス対応を優先し、デジタルルピーについては中長期的なモニタリング対象とするのが現実的です。
2025年のインドフィンテック業界において特に注目されているのが、B2B(企業間取引)領域のデジタル化です。個人向けP2P・P2M決済がUPIにより「日常の空気」のような存在となったことで、次の成長フロンティアとしてB2B決済・金融サービスに焦点が移っています。
成長が著しい分野は以下の通りです。
日系企業がインドで事業を展開する際、現地取引先やサプライヤーとのB2Bデジタル決済への対応は業務効率化の鍵です。特にインドの中小企業との取引では、UPI連携の請求・支払いプラットフォームの導入を検討することを推奨します。
インドで消費者向けビジネスを展開する企業は、UPI対応を必須条件として位置づけるべきです。実店舗ではUPI-QRコード決済の導入、ECサイトではUPI決済ゲートウェイの統合が求められます。インド市場のローカライゼーションの一環として、現地の決済慣行に合わせたユーザー体験を設計する必要があります。
現地法人の経理・財務管理において、UPIを含むデジタル決済インフラとの連携を強化することで、キャッシュフロー管理の効率化とコスト削減が実現可能です。GSTインボイス・システムとの統合やeWay Billのデジタル処理など、インド独自の税務・物流管理との連携も重要なポイントです。
インドのフィンテック市場は、UPIの成功を基盤に急速に拡大しています。決済インフラ、レンディング(融資)、インシュアテック(保険テック)、ウェルステック(資産運用テック)など、多様なサブセクターで革新的なスタートアップが生まれています。インドのスタートアップエコシステムとの連携を通じた投資・提携は、日系金融機関やテクノロジー企業にとって有望な戦略です。
インドのデジタル決済は、UPIを中核として世界に類を見ないスピードと規模で進化を続けています。年間2,283億件の取引、5億人超のユーザー、10カ国以上への国際展開、そしてNTTデータとの提携による日本市場への進出は、UPIがグローバルな決済インフラとしての地位を確立しつつあることを示しています。
日系企業がインド市場で成功するためには、UPIを単なる決済手段としてではなく、インドのデジタル経済エコシステム全体の基盤として捉え、事業戦略に組み込むことが求められます。インド市場の基本情報とあわせて、デジタル決済対応を進出戦略の最優先事項として位置づけることを強く推奨します。
インド決済公社(NPCI)が開始したUPI(統合決済インターフェース)が中核です。銀行口座に直接紐づいたスマートフォンアプリを通じて、個人間・個人対店舗の即時送金が手数料無料で可能です。インド国内のデジタル決済取引の大半がUPIを通じて行われており、経済のデジタルインフラそのものとなっています。
PhonePeとGoogle Payの二強が市場の大半を占め、これにPaytmやその他のアプリが続きます。NPCIは市場の過度な集中を防ぐため単一アプリのシェア上限規制を検討してきました。この規制が施行されれば市場構造が変動する可能性があります。
インド準備銀行はデジタルルピーのパイロットを進めていますが、普及は当初の期待ほど進んでいません。UPIで十分な機能が提供されているため追加メリットが不明確であることなどが課題です。当面はUPI中心の対応を優先するのが現実的です。
UPIはシンガポールやUAE、フランス、南アジア諸国などとの相互接続を進めています。日本についても導入に向けた動きがあり、訪日インド人観光客やビジネス渡航者向けの決済サービスとして、日本の小売・飲食・観光業界に新たな機会をもたらす可能性があります。
個人向け決済がUPIで日常化したことで、次の成長領域としてB2B決済・金融サービスに焦点が移っています。中小企業向けの金融SaaS、サプライチェーン・ファイナンス、企業間決済ゲートウェイ、デジタル取引データに基づく与信などが成長しています。
消費者向けビジネスでは、実店舗のUPI-QRコード決済導入とECサイトへのUPI決済ゲートウェイ統合を必須条件と位置づけてください。企業向けビジネスでは、経理・財務管理をデジタル決済インフラと連携させ、GSTインボイスやeWay Billのデジタル処理とも統合することで、キャッシュフロー管理の効率化が図れます。