米マーベル・テクノロジーのベトナム法人が11月5日、ダナン市ハイチャウ区のソフトウェアパーク2号・ICT1棟6階に拡張オフィスを開いた。式典に立った同社のレ・クアン・ダム社長が評価したのは、市の投資誘致策、なかでも半導体産業向けの優遇税制だった。
半導体の設計や検査をベトナムに置く日本企業にとって、この一件の意味は立地の数にある。ハノイとホーチミンの2択で考える段階は終わった。
式典の中身は拠点の規模より立地の理由に寄った。ダム社長は市の誘致策と支援を評価したうえで半導体産業向けの優遇税制に触れ、大学との連携方針も示した。
ホー・キー・ミン常任副主席は、この日の開業を誘致とインフラ整備を何年も積み上げた結果だと位置づけた。市は公共投資の仕組みと公有資産の管理に関する障害を中央省庁と詰め、ようやくIT企業に区画を貸せる状態にした。マーベルは最初に区画を得た一社にあたる。
ダナン市がマーベルに接触したのは、2023年10月に代表団が米シリコンバレーへ赴いた出張だった。今回の拡張までを並べると、動きが止まっていたのは企業の意思決定ではなく行政側の準備だった。
進出自体は2023年より10年早い。2025年9月30日に3オフィスを同時に開いた時点で、ベトナムは米国とインドに次ぐ同社3番目の規模のR&D拠点とされた。
| 時期 | 動き |
|---|---|
| 2013年 | ホーチミン市タントゥアン輸出加工区で技術者5人で設立 |
| 2023年10月 | ダナン市代表団がシリコンバレーを訪問 |
| 2025年1月 | 2号パーク開業。ICT1棟は8階建て、総床面積3万9,000平方メートル超 |
| 2025年9月30日 | ホーチミン2か所とダナン1か所に新オフィス。越国内の技術者500人超 |
| 2026年11月5日 | ICT1棟6階に拡張オフィス |
引き合いは早い段階で供給を上回った。2025年1月時点でICT1棟には30社超が入居希望を登録し、登録面積の合計は貸せる面積を上回っている。契約済みの社数は非公表だ。
ダム社長が挙げた優遇税制の根拠は、2024年6月26日に国会が可決した決議136号にある。2025年1月1日施行、試行期間5年と条文に書かれた恒久でない制度だ。中身を見ると、日本企業が期待しやすい部分と実際に効く部分がずれている。
| 制度 | 条文上の内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 法人税の免除 | 半導体・AI・創業企業の所得を5年免除。起算は納税義務が生じた時点 | グローバルミニマム課税の対象企業は通常課税と条文が明記 |
| 個人所得税の免除 | 設計・製造・パッケージング・検査やAIの従事者と専門家の給与を5年免除 | 対象は給与と賃金のみ。勤務先が市内の対象法人であること |
| 持分譲渡益の免除 | 未公開の半導体・AI企業への株式・出資持分・出資権の譲渡益 | 5年の起算は出資時点。譲渡時点ではない |
| 設備費などの補助 | 設備購入費・生産ライン移設費・新規案件費の合計の5%以内 | 戦略投資家と戦略パートナーに限る裁量措置 |
5%の補助を受けられる戦略パートナーには明確な線がある。この水準に届かない企業は、補助を前提に投資計画を組めない。
執行の記録もある。2026年2月、市人民評議会は情報インフラ資産の初期設置費としてFPTに6億5,000万ドン超(約380万円)の優遇を決議した。2026年5月29日の市決議21号には、戦略パートナー企業が高度人材を雇う費用の30%を5年補助する枠(1社あたり年10億ドン、1人あたり年2億ドンが上限)も入った。
立地を決める側が見るべきは優遇の条件より人材の供給元だ。ダナンの数字には規模の小ささと伸びの速さが同時に出る。
市が2025年1月21日の決定257号で承認した計画は、2030年までに半導体の高度人材を最低5,000人集めるとする。内訳は設計2,000人、検査・パッケージング3,000人。AI人材3,000人は別建てで合算しない。
| 指標 | 数字 | 時点 |
|---|---|---|
| 設計技術者 | 約550人(全国の約1割) | 2024年8月、市情報通信局長の説明 |
| 設計企業 | 13社 | 2024年末 |
| 半導体関連企業 | 25社 | 2025年8月 |
| 高度人材の目標 | 最低5,000人 | 2030年まで |
供給側は市の半導体・AI推進組織DSACを窓口に5大学の連合で動く。ダナン大学の工科大学・ベトナム韓国情報通信技術大学(VKU)・技術教育大学、ズイタン大学、FPT大学ダナン校だ。VKUの半導体設計専攻は初年度40人で始まったが、最初の卒業生は2028年の見込みだ。
検査・パッケージング3,000人という目標は、国内に後工程の層ができつつあることと対応する。直近2週間の2件が広がり方を示す。
ダナン側の検査設備も立ち上げ途中だ。ICT1棟に入るVSAP Labは総投資1兆8,000億ドン(約106億円)、設計能力は年1,000万個とされる。常任副主席は稼働が近いと述べたが、11月5日時点では動いていない。
ハノイとホーチミンに加えてダナンを比べるなら、見る順番は決まる。優遇の適用対象、人材の供給元、既存テナント、人件費の地域差だ。
最も硬い数字は法定最低賃金の地域区分だ。2026年1月1日施行の政令293号で、ダナンの旧市域は第2地域、ハノイとホーチミンの中心部は第1地域に入る。ダナンに第1地域の区画はない。
| 区分 | 月額最低賃金 | 該当地域の例 |
|---|---|---|
| 第1地域 | 531万ドン(約3万1,200円) | ハノイ中心部、ホーチミン中心部 |
| 第2地域 | 473万ドン(約2万7,800円) | ダナン旧市域(ハイチャウなど) |
| 第3地域 | 414万ドン(約2万4,400円) | ディエンバンなど |
| 第4地域 | 370万ドン(約2万1,800円) | 上記以外 |
技術者の給与そのものは差が縮んでいる。都市別の内訳を公開している2023〜24年度のIT給与調査(有効回答2,207件)では、月額平均がホーチミン3,570万ドン、ハノイ3,240万ドン、ダナン2,940万ドンで、ダナンは全国平均を14.5%下回った。同調査の時点では、ダナン回答者のシニア層比率が3割台から5割超に上がったと調査元が注記しており、安く雇える幅は2022年より狭い。
材料もそろった。北部の後工程・基板ではタイグエン省でFCBGA基板を増強したサムスン電機が投資を積み増し、南部の光部品ではドンナイ省で工場を3万平方メートル追加した米コヒレントが面積を広げた。日本側の先例ではベトナムを開発拠点に格上げした日本精密が製造の場から開発の場へ切り替えている。ダナンはどれとも違い、設計と検査に寄った人の拠点として積み上がる。
2023年10月の出張から3年でダナン市が用意できたのは、ICT1棟の区画と5年期限の税制、2028年に最初の卒業生が出る大学の列だった。マーベルが6階に入ったのは、その3つがそろった順番の結果である。