米コヒレント(Coherent)が2026年6月下旬、ベトナム南部ドンナイ省の「KTG Industrial Nhon Trach 2」で、完成済み工場3万平方メートルを追加リースした。ドンナイ省内では2拠点目にあたり、光通信・レーザー部品の製造能力を積み増す動きだ。同社はNvidiaから20億ドルの戦略出資を受けたAI向け光部品の中核サプライヤーで、次の焦点をホーチミン市(HCMC)での半導体・AI投資に据えると明言している。ベトナム南部でAIサプライチェーンの厚みが増すこの局面は、日系の光学・精密部品メーカーにとって現地供給網に食い込む具体的な入口になる。
コヒレントがドンナイで工場3万㎡を追加リース
今回リースしたのは、Nhon Trach 2工業団地内の即入居可能な完成工場(レディビルト型)3万平方メートル。土地取得から建屋着工までを自前で回さず、既存の工場棟を借りて一気に生産を立ち上げる形で、AI関連の需要増に短期間で応える狙いがある。コヒレントのサプライチェーン最高責任者Jeff Place氏は「ベトナムはコヒレントのグローバル供給戦略でますます重要な役割を担っており、同国での投資を拡大していく」とコメントした。
あわせて同社は、ホーチミン市を「半導体・AI・その他先端産業への投資拡大における優先地」と位置づけ、現地大学との連携強化と高度人材の育成に踏み込む姿勢を示した。HCMC人民委員会のNguyen Van Duoc委員長は、技術インフラ・工業用地・投資環境の後押しを強調している。ただしHCMCでの投資額・稼働時期といった具体的な数字は今回、公表されていない。
Nvidia出資が変えた供給網の重心
この動きの背景には、2026年3月2日に発表されたNvidiaとの戦略提携がある。Nvidiaはコヒレントに20億ドルを出資し、あわせて光ネットワーキング製品・レーザー製品の大口購入をコミットした。次世代データセンターでは、電力効率の高い光インターコネクト(光配線)がAI処理のボトルネック解消の鍵とされ、コヒレントが手がける光トランシーバーやレーザーはその中核部品にあたる。
コヒレントの2025会計年度売上高は約58億ドル、時価総額は700億ドル超の規模で、Nvidiaのほか米グーグルやメタにも部品を供給する。AI基盤の増設が続く限り、光部品の需要は当面細らない。その生産能力の一角をベトナム南部に置く判断は、単なるコスト対応ではなく、AIサプライチェーンの重心をどこに置くかという戦略的な選択と読むべきだ。
ベトナムでの20年と、ドンナイ集中の輪郭
コヒレントのベトナム進出は20年以上に及ぶ。2005年にビンズオン(VSIP1)で熱電クーラーや光学部品の生産を始め、2019年にバクニン省イエンフォン工業団地で2拠点目を稼働させた。そして2025年7月28日には、ドンナイ省ニョンチャック工業団地で1億2,700万ドルを投じた工場を稼働。ここではスマートフォンやEV、医療機器向けの精密材料・フォトニクス部品を製造している。
| 時期 | 拠点・案件 | 規模・内容 |
|---|---|---|
| 2005年 | ビンズオン(VSIP1) | 熱電クーラー・光学・レーザー等の初拠点 |
| 2019年 | バクニン省イエンフォン | 2拠点目を稼働 |
| 2024年 | ニョンチャック1・2の3案件 | 登録資本ほぼ10億ドル/年間売上12億ドル超見込みで投資証明取得 |
| 2025年7月 | ドンナイ・ニョンチャック工場 | 1億2,700万ドル投資で稼働 |
| 2026年6月 | Nhon Trach 2 追加リース | 完成工場3万㎡、ドンナイ省内2拠点目 |
2024年にドンナイ省がニョンチャック1・2の3案件へ投資証明を発行しており、登録資本はほぼ10億ドル、年間売上は12億ドル超が見込まれている。今回の3万㎡リースは、この集積をさらに固める一手だ。半導体後工程の集積が北部(インテルやサムスンの動き)に注目されがちな中で、南部ドンナイに光部品の厚い塊ができつつある点は、進出地選定の前提を1つ動かす。
現地・業界での受け止め
現地の受注型製造の関係者からは「レディビルト工場の即時リースは、AI向け部品の納期プレッシャーの表れ」との見方が出ている。土地造成や建屋新設を待たずに生産を立ち上げる選択は、需要のピークに間に合わせる判断であり、川下(顧客)の増産圧力が相当強いことをうかがわせる。
投資誘致サイドの声としては、HCMCが大学連携と人材育成を投資条件の前面に出した点が実務家の間で話題になっている。工業用地の提供だけでなく、半導体・先端技術の人材パイプラインを地場でどう作るかが、次の誘致競争の焦点になりつつある。日系メーカーの現地拠点でも、光学・精密加工の技能者確保は共通の悩みで、コヒレントの人材投資はローカル賃金・採用相場に波及しうる。
一方で、南部の工業団地担当者からは「北部の半導体クラスターに対抗し、南部を光デバイスの拠点として売り込む好機」との期待も聞かれる。ドンナイは空港・港湾へのアクセスが良く、精密部品の輸出物流に向く立地だという評価がある。
日本の光学・精密部品メーカーがいま取るべき一手
この局面で最も実利があるのは、コヒレントのドンナイ拠点を「顧客」ではなく「起点」として捉える見方だ。光部品の量産が南部で立ち上がれば、その周辺で必要になる副資材・治工具・検査装置・精密加工の外注需要が同時に発生する。日系の光学レンズ研磨、コーティング、精密機械加工、測定器を扱うメーカーは、完成品でNvidiaに食い込むのではなく、コヒレントの現地生産を支える二次・三次サプライヤーとして南部に営業拠点を置くことが、現実的で速い参入路になる。
具体的なアクションは1つに絞れる。ドンナイ省ニョンチャック周辺で、コヒレントの調達部門と直接会える現地商談の機会を作ることだ。すでに南部に拠点を持つ日系企業であれば、既存の営業網でNhon Trach 2の追加ラインが必要とする部材・外注のリストを早期に把握し、レディビルト工場の立ち上げスピードに合わせた短納期の供給提案を用意しておく。日本本社での意思決定を待つ間に現地の枠が埋まる恐れがあるため、現地拠点に見積・試作の権限をどこまで前倒しできるかが勝負を分ける。
南部の製造集積が厚みを増す全体像は、サムスンの半導体パッケージング拠点化やHOYAのHDD用ガラス基板新工場の動きと重ねて見ると理解しやすい。いずれもAI・データセンター需要を見据えた先端材料・部品への投資で、供給網に入る側の視点で読むと、狙うべき隙間が具体的に見えてくる。
市場への波及──南部が「光デバイスの南」になるか
ベトナムの半導体・先端部品投資は、これまで後工程やテスト工程の集積として語られてきた。そこにコヒレントのような光部品プレーヤーが南部で生産を厚くすると、AIデータセンター向けの光インターコネクトという新しい軸が加わる。日本のメーカーにとっては、既存の電子部品サプライチェーンとは別の、光学・フォトニクス寄りの需要が南部に立ち上がることを意味する。
この流れは、南部ホーチミン圏がAIインフラの部材供給拠点として位置づけられていく前提を強める。ホーチミン市でのAI対応データセンター建設承認のような投資と組み合わせると、「データセンター(需要)」と「光部品(供給)」が同じ南部で近接する構図が描ける。部材メーカーは、この近接をどう営業導線に落とすかで先手を取れる。
実用情報・チェックすべきポイント
- 拠点候補:ドンナイ省ニョンチャック1・2工業団地(コヒレントの集積地。空港・港湾アクセス良好)
- タイミング:レディビルト工場の追加リースは短期立ち上げ。部材・外注の引き合いは早期に動く前提で準備する
- 意思決定:現地拠点に見積・試作の裁量をどこまで委ねられるかが、参入スピードを左右する
- 人材:光学・精密加工の技能者確保は現地共通の課題。採用相場の変化を注視する
なお、HCMCでのコヒレントの追加投資は金額・時期とも未公表のため、確度の高い数字が出るまで前のめりの設備投資判断は避けるのが妥当だ。
まとめ──次の一手は「起点」への営業
コヒレントのドンナイ3万㎡追加リースは、南部にAI向け光部品の供給網が実体を持ち始めた合図だ。日本の光学・精密部品メーカーが今すぐ動くべきは、完成品輸出の夢を追うことではなく、ドンナイの現地生産を支える副資材・外注・検査の供給者として、南部に営業の足場を置くことだ。まずは現地拠点や商社経由でニョンチャック周辺の調達担当と接点を作り、短納期の供給提案を1件、具体的に持ち込むところから始めたい。
