ライオンが15億円で錠剤工場──液剤の勝ち組が固形剤に踏み込む理由

日用品大手のライオンが、ベトナムの医薬品子会社メラップライオンを通じ、北部フンイエン省に固形剤(錠剤・顆粒)の新工場を建てる。投資規模は約2,500億ベトナムドン(約15億円、1円≈165ドン換算)、着工は2026年10月、稼働は2030年下期を見込む。金額だけ見れば半導体やデータセンターのメガ投資に比べ小さいが、この一手には「輸出拠点としてのベトナム」から「消費市場としてのベトナム」へと日系メーカーの投資動機が移り変わる構図がはっきり表れている。ベトナムの内需を取りにいく企業にとって、参考にすべき打ち手の一つだ。

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フンイエン省に15億円、液剤から固形剤へ

ライオンの発表によれば、新工場の敷地面積は2,660平方メートル、延床面積は7,172平方メートル。生産するのは処方薬と一般用医薬品(OTC)の固形剤、つまり錠剤と顆粒だ。着工は2026年10月、稼働開始は2030年下期を予定する。工場が動き出すまで4年近い準備期間があり、腰を据えた事業拡張であることがうかがえる。

ポイントは、メラップライオンがこれまで得意としてきた製品と今回作る製品が違うことだ。同社は鼻洗浄スプレーや点眼剤といった液剤で全国的な販売網とブランド力を築いてきた。そこへ錠剤・顆粒という別の剤形の生産設備を新設する。すでに持っている流通の強みの上に、扱える製品カテゴリーを一段広げにいく動きである。

2023年36%出資から2025年完全子会社化までの流れ

ライオンのベトナム医薬品事業は、段階を踏んで深まってきた。まず2023年に地場のメラップ・ホールディングの株式36.0%を取得して持分法適用関連会社とし、2025年にこれを完全子会社化して社名をメラップライオンに改めた。少数出資で現地企業を知り、経営を握ってから本格投資に踏み込む、という順序だ。

この順序が効いている。完全子会社化によって現地の意思決定を一本化でき、販売・製造・開発を一体で動かせる体制が整った。だからこそ、既存の液剤ブランドが握る販路に、新たに固形剤を流し込むという設備投資の判断が下せる。買収して終わりではなく、買収後に「作れる製品を増やす」投資へ進んだ点が、今回の工場計画の背景にある。

ベトナム医薬品市場の伸びと国内生産の空白

ライオンが固形剤に踏み込む土台には、ベトナム医薬品市場の構造がある。市場規模は2025年時点で約80億ドル規模とされ、年率7%前後の成長が続く見通しだ。人口増加と医療アクセスの改善が需要を押し上げている。

一方で、国内生産は需要の半分程度しか賄えていない。ベトナム統計総局の集計では、国内の生産能力が満たせるのは需要の約53%にとどまり、その中身も単純なジェネリックや基本的な剤形に偏る。高度な医薬品は輸入頼みだ。2025年の医薬品製品の輸入額は約43億ドルに達し、原材料も中国からの依存が大きい。ベトナム政府は2030年に向け国内生産を強化する国家プログラムを2025年に承認しており、現地で作る医薬品への追い風が吹いている。

指標 数値(目安) 含意
市場規模(2025年) 約80億ドル 年率約7%成長
国内生産カバー率 約53% 残り半分は輸入に依存
医薬品製品の輸入額(2025年) 約43億ドル 現地生産の余地が大きい
ライオン新工場投資 約15億円 固形剤の内製化

需要は伸びるのに国内で作れる剤形が限られる。この空白が、外資メーカーが現地生産に踏み込む余地になっている。ライオンの錠剤工場は、その隙間をまっすぐ狙う投資だ。

製造業FDIの潮目──輸出拠点から内需の深耕へ

ベトナムに向かう日系の製造投資は、これまで「安い労働力で作って世界に輸出する」拠点づくりが主流だった。電子部品や半導体関連の大型工場がその典型で、生産物の多くは海外に出ていく。

ライオンの医薬品工場は性格が異なる。錠剤や顆粒はベトナム国内の患者に届けることが前提で、狙いは輸出ではなく現地内需の取り込みにある。すでに液剤で築いた販路という「出口」を持っているからこそ、そこに流す製品を現地で作る設備に投資できる。輸出型FDIが「コストの安い生産地」を求めるのに対し、内需型は「売れる場所に近い生産」を求める。ライオンの一手は後者への傾きを示している。

ベトナムでは消費財の現地生産投資が続いており、飲料・食品分野でも大型の工場新設が進む。PepsiCoが4億ドルを投じて飲料・食品の2工場を建てる計画も、伸びる内需をその場で取りにいく発想という点で通じる。医薬品と飲食では規制も商流も違うが、「消費市場ベトナム」に賭ける方向は重なる。

現地・業界の受け止め

現地の受け止めは、おおむね前向きだ。医薬品流通の関係者からは、輸入品に頼ってきた固形剤を国内で作れば、供給の安定と価格競争力の両面で意味があるとの見方が聞かれる。政府が国産医薬品を後押しする方針を掲げるなか、外資が国内生産に投じる動きは制度の追い風と合致する。

日系のベトナム進出支援に携わる関係者からは、少数出資から完全子会社化、そして設備投資へと段階を踏んだ進め方を評価する声がある。現地企業をいきなり丸ごと抱えるのではなく、経営を掌握してから作れる製品を増やすやり方は、規制の重い医薬品分野では堅実だという受け止めだ。

一方で慎重な見方もある。稼働は2030年下期と先が長く、その間に規制やGMP認証の要件、原材料の調達環境が動く可能性がある。準備期間の長さは丁寧さの裏返しでもあるが、市場の変化に対応し続けられるかが問われるという指摘だ。

ベトナム進出を検討する日本企業への示唆

ライオンの一手から、内需型でベトナムに入る企業が読み取れる論点は具体的だ。第一に、現地企業の買収は「販路を買う」意味が大きい。メラップライオンの価値は液剤ブランドと全国流通網にあり、ライオンはその出口を握ったうえで、流す製品を増やす投資に進んだ。進出を検討する企業は、自社が現地で「何を売るか」より先に「どう届けるか」を持てるかを見極めたい。

第二に、少数出資からの段階的な深掘りは規制産業で有効だ。いきなり100%を狙わず、まず持分法関連会社として現地を知り、勝算を確かめてから完全子会社化と設備投資に進む。医薬品のように認可・認証のハードルが高い分野ほど、この順序はリスクを抑える。

第三に、投資の狙いを「輸出コスト削減」ではなく「内需への近接」に置き換える発想だ。文具最大手を買って現地シェアを取りにいったコクヨによるThien Longの買収も、現地で売るための現地企業取り込みという点で同じ系譜にある。ベトナムの人口と所得の伸びを取りにいくなら、生産の目的地は輸出港ではなく現地の棚になる。

市場への波及──日系メーカーの投資動機が変わる

この動きが積み重なると、ベトナムに向かう日系投資の重心が変わっていく。半導体や電子部品のような輸出型メガ投資が「作る場所」としてのベトナムを象徴してきた。メイコーがフート省に5億ドルの電子回路工場を着工した事例はその代表格だ。そこに、消費財・医薬品のような内需型が加わることで、投資の目的が二層化する。

内需型が増えれば、進出企業に求められる能力も変わる。安く大量に作る力だけでなく、現地の販路・ブランド・規制対応を束ねる力が問われる。ライオンが買収と設備投資を組み合わせたのは、その両輪を自前で揃える動きだ。今後、日系メーカーのベトナム投資は「工場を建てる」だけでなく「売る仕組みごと押さえる」形が増えていくとみられる。

実務メモ

ベトナムで医薬品・消費財の現地生産を検討する企業が押さえるべき実務ポイントを整理する。

  • 現地生産に踏み込む前に、販路とブランドを持つ現地企業との資本提携を先に検討する
  • 医薬品はGMP認証・製造販売許可の取得期間を織り込み、稼働まで数年の準備を前提に計画する
  • 原材料は中国依存が大きいため、調達の分散策をあわせて設計する
  • 政府の国産化推進策(2030年目標の国家プログラム)を制度メリットとして活用する余地を確認する

まとめ──次の一手をどう設計するか

ライオンのフンイエン省工場は、金額こそ約15億円と控えめだが、日系メーカーの投資動機が「輸出拠点」から「内需の深耕」へ移る潮目を映している。液剤で握った販路に固形剤を流し込む段階的な拡張は、規制の重い分野でベトナム市場を取りにいくうえでの現実的な設計図だ。ベトナム進出を検討する企業は、まず「現地で何を届けられるか」という販路の有無を点検し、そのうえで生産をどこまで内製化するかを段階で設計するとよい。工場を建てる前に、売る仕組みを持てるかどうか──それが内需型ベトナム投資の入口になる。

参照元

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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