時計バンド大手の日本精密(本社・埼玉県川口市、証券コード7771)が、ベトナム現地法人「ニッセイベトナム」に研究開発(R&D)センターを新設する。2026年に準備室を設け、2027年の本格稼働を目指す。これまで低コスト生産を担ってきたベトナム工場を「作る場所」から「開発する場所」へと格上げする動きだ。同社は1994年からホーチミン市で時計バンドやスポーツ用品を現地生産してきた老舗の日系メーカーで、30年以上蓄積した金属加工の知見を現地で研究開発に振り向ける。ベトナム進出を検討・実行中の中堅日系にとって、単なる工場移転の先にある「次の一手」を示す事例として読み解く価値がある。
起点となったニュースの要旨
報道によると、日本精密はベトナムのニッセイベトナムにR&Dセンターを開設する。2026年に開設準備室を設置し、2027年の本格稼働を目指す。狙いは、これまで培ってきた金属加工技術を活かした品質向上と、新素材・新工法の開発だ。合わせてベトナム工場では自動化投資として7,000万円を投じる計画で、低コスト生産から高付加価値品の製造へと軸足を移す。さらにカンボジア拠点(ニッセイカンボジア、バベット市)と役割を分担し、生産リスクを分散させる方針も示された。同社は2031年3月期に連結売上高105億円、連結営業利益率12%以上の達成を目標に掲げている。
なぜ今、製造拠点をR&D拠点に格上げするのか
日本精密は1978年設立の時計バンド・時計外装部品メーカーで、グループ従業員は約1,714名(2025年3月末)。主力は時計バンドやメガネフレームだが、イオンプレーティングやDLCといった表面処理技術、チタン合金など、金属を高精度に加工・仕上げる技術に強みを持つ。1994年3月にニッセイベトナムを設立し、同年5月から時計バンド、10月からスポーツ用品の現地生産を始めた。つまりベトナムは30年以上にわたり同社の基幹製造拠点として機能してきた。
今回の格上げが意味するのは、その拠点に「開発機能」を上乗せする決断だ。設計や新工法の検討を日本本社に集約したまま製造だけを海外に置く従来型では、現場で生まれる改善のアイデアを製品化に反映するまでに時間がかかる。現地に開発機能を置けば、量産ラインの目の前で試作・検証を回せる。時計バンドのような部品では、素材の表面処理や組立自動化ラインの微調整が品質と歩留まりを左右する。開発と製造を同じ場所に置くことで、この改善サイクルを速める狙いがうかがえる。
「作る場所」から「開発する場所」へ──何が変わるか
| 項目 | 製造拠点(従来) | R&D機能を持つ拠点(今後) |
|---|---|---|
| 拠点の役割 | 本社設計を量産する | 現地で試作・新工法を開発 |
| 求める人材 | ライン作業者・生産管理 | 技術者・エンジニア |
| 付加価値の源泉 | 低コスト労働力 | 技術と改善提案力 |
| 本社との関係 | 指示待ち | 開発を共同で回す |
この転換は、日本精密1社の事情にとどまらない。半導体後工程やEV部品でも、ベトナムを「組み立て」から「ハイテク戦略拠点」へと位置づけ直す大手の動きが相次いでいる。サムスン電子がベトナムに半導体パッケージング工場を計画し「組み立て拠点」からの脱皮を掲げた事例や、インテルがホーチミンの後工程拠点に追加投資を決めた事例は、規模こそ違えど方向性は日本精密と重なる。労働コストの優位だけに頼らず、現地に技術を根付かせる段階に入りつつある。
現地・業界の受け止め
ベトナムに進出している日系メーカーの現場からは、こうした格上げを歓迎する声が漏れる。ある製造業の駐在経験者は「現地の理系人材は年々厚くなっており、単純作業だけを任せるのはもったいない」と語る。ホーチミンやハノイの工科系大学からは毎年多くの技術者が輩出されており、開発補助や試作評価を担える層が育っている。
一方で、R&D機能の現地化には慎重論もある。図面や工法といった技術情報の管理をどこまで現地に開くか、知的財産をどう守るかは中堅メーカーほど悩みが深い。「開発を任せたいが、コア技術の流出は避けたい」というジレンマは、進出を検討する多くの担当者が口にする論点だ。日本精密がカンボジア拠点と役割を分担しリスク分散を図る点は、この不安への一つの回答でもある。
採用面での期待も大きい。工場労働者としてではなくエンジニアとして日系企業に入れるなら、優秀な現地人材の定着率は上がる。給与水準の高い技術職ポストを現地に用意できるかが、人材獲得の分かれ目になる。
進出を検討する日本企業への実務示唆
日本精密の一手から、中堅日系が自社に引き寄せて考えるべき点は次の3つだ。
第一に、既存のベトナム工場を持つ企業は「開発機能を足す」選択肢を具体的に検討する余地がある。ゼロから新拠点を作るのではなく、稼働中の工場に準備室を置くところから始める日本精密のやり方は、投資額を抑えつつ段階的に機能を積み増す現実的な進め方だ。今回の自動化投資7,000万円という規模感は、中堅企業でも決断可能な水準にある。
第二に、R&D機能を置くなら現地の技術者採用と技術情報の線引きをセットで設計する必要がある。どの工程を現地開発に任せ、どのコア技術を本社に残すか。この線引きを曖昧にしたまま人だけ増やすと、期待した改善サイクルは回らない。日本精密がベトナムとカンボジアで役割を分けた考え方は、機能の切り分けを先に決める重要性を示している。
第三に、目標設定は「量」ではなく「利益率」で語る段階に来ている。日本精密が掲げる営業利益率12%以上という目標は、低コスト生産の延長ではなく、高付加価値化でしか届かない水準だ。ベトナム進出の目的を「安く作る」から「利益率を上げる」へ書き換えられるかが、次の投資判断を左右する。
製造業のベトナム戦略に及ぼす波及
この動きが広がれば、ベトナムに進出する日系メーカーの人材ニーズと拠点の位置づけが変わる。作業者中心の採用から、技術者を含む採用へ。工場長だけでなく開発マネージャーを現地に置く体制へ。こうした変化は、進出支援やコンサルティング、技術者採用サービスにも新たな需要を生む。
ベトナム側にとっても、外資が現地に開発機能を置くことは産業の高度化につながる。単なる組み立て国から、設計・開発に関与する国への移行だ。日本の中堅メーカーがこの流れに乗れば、労働コスト上昇局面でもベトナム拠点を維持・強化する合理的な理由を持てる。逆に、開発機能を持たないまま低コストだけを追う企業は、賃金上昇とともに拠点の存在意義が薄れていくリスクを抱える。
実用情報・関連リンク
ベトナムを製造だけの拠点から一段引き上げる動きは、日系だけでなく外資全体に広がっている。半導体分野での「組み立てからハイテクへ」の転換については、サムスン電子がベトナムに40億ドルの半導体パッケージング工場を建設する事例が参考になる。後工程拠点への大型投資の実際は、インテルがベトナムに追加投資し世界最大級の後工程拠点を築く事例が示している。日系中堅の工場新設の具体的な規模感や雇用計画については、日本のメイコーがフート省に電子回路工場を着工した事例が判断材料になる。
まとめ──自社の拠点は「作る場所」で止まっていないか
日本精密のR&Dセンター新設は、派手な大型投資ではない。2026年に準備室を置き、2027年に本格稼働、自動化投資は7,000万円という等身大の一歩だ。だからこそ中堅日系にとって再現性が高い。次のアクションとして、すでにベトナムに工場を持つ企業はまず「現地に開発機能を足したら何が変わるか」を社内で棚卸しすることを勧めたい。任せられる工程、残すべきコア技術、必要な技術者の人数を書き出せば、投資規模も見えてくる。ベトナム進出の目的が「安く作る」で止まっているなら、日本精密の一手はその見直しを促すシグナルになる。
