蜜雪氷城1,304店舗の衝撃──中国F&Bブランドのベトナム侵攻を前に、日系食品企業に問われる「速度」と「ローカル化」

ベトナムのF&B(飲食・食品)市場は2024年に約VND 688.8兆ドン(約27.3億ドル)を突破し、前年比16.6%増という高成長を記録した。2026年には約27.4億ドル規模に達し、2027年には36.9億ドルという予測もある(CAGR 9.7%)。

数字だけ見れば「巨大な機会」だ。だが今、この市場で何が起きているかを直視すると、日系食品・飲食企業にとって楽観できない構図が浮かび上がる。

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蜜雪氷城1,304店舗──中国F&Bブランドのベトナム侵攻の実態

ベトナムのF&B市場に最も積極的に攻め込んでいるのは中国ブランドだ。蜜雪氷城(Mixue Ice Cream & Tea)はベトナム国内にすでに1,304店舗を展開し、ベトナム最大のフレッシュビバレッジブランドとなっている。インドネシアの2,667店舗に次ぐ海外第2位の市場だ。

2025年11月にホーチミン市とハノイで開催されたMixue Vietnamのフランチャイジー会議には約700名の加盟希望者が集まり、93店舗の新規契約が会場で成立した。「侵攻」という言葉が大げさに聞こえるなら、この数字と照らし合わせてほしい。日系ブランドはベトナム全体でまだ19ブランドしか進出していない。

ラッキンコーヒー(Luckin Coffee)も東南アジアへの展開を加速させており、シンガポール・マレーシアに続くベトナム進出が現実味を帯びている。中国勢の特徴は「低価格×高速展開×デジタルネイティブ」という三つ揃いのモデルにある。

なぜ中国ブランドはベトナムで速いのか——3つの構造的優位

日系企業の関係者からよく聞くのは「中国ブランドは品質が低いから短期的には売れても長続きしない」という見方だ。しかしこの楽観論は危険だと思う。中国ブランドの優位性は品質の低さで成立しているのではなく、構造的な強さに基づいている。

①コスト優位:蜜雪氷城のアイスクリームコーン1本は約1万ドン(約60円)。スターバックスの同等品の10分の1以下だ。この価格は「安かろう悪かろう」ではなく、中国からの原材料調達コストの低さと自動化されたオペレーションシステムによって実現されている。ベトナムのGen Z(全人口の約34%)は価格感度が高く、「おいしくて安い」ブランドへのロイヤルティは想像以上に強い。

②デジタル対応の速さ:中国ブランドはTikTok・Zaloなどのプラットフォームをネイティブに活用する。自国での激しい競争をくぐり抜けたことで、デジタルマーケティング・ライブコマースのノウハウが圧倒的に蓄積されている。ベトナムのTikTok活用で詳述している通り、今のベトナム市場ではTikTokでバズらないブランドは「存在しないも同然」に近い状況だ。

③フランチャイズ展開の柔軟性:中国ブランドは現地オーナーへの権限委譲に積極的で、意思決定サイクルが短い。本社で細かい承認を取らずに現地パートナーが動ける。ベトナム市場に参入してから1〜2年で数十〜数百店規模に拡大するケースが珍しくない。

JETROが示した警告——日系企業の30.8%が「中国企業が主要競合」

JETROが2025年に実施したベトナム進出日系企業へのアンケートでは、30.8%が「中国企業が主要競合」と回答した(前年の24.6%から急上昇)。この数字は全産業ベースだが、消費者が毎日触れるF&B分野では影響がさらに直接的だ。

さらに同調査では48.2%の企業が「採用が困難になった」と回答しており、その主因として中国企業との人材争奪を挙げている。中国企業は現地人材に対して競争力のある給与を提示し、ベトナム語・英語・中国語の三言語対応スタッフを積極的に採用している。

これはF&B市場にとどまらない話だが、F&B企業にとっては「市場シェア」と「人材確保」の両面で中国企業との競争が始まっているということを意味する。

日系F&Bブランドの現状——プレゼンスは限定的

ベトナムのF&B市場に進出している日系フランチャイズブランドは現在19ブランド程度。シャトレーゼ(スイーツ)、ハチバン(ラーメン)などが代表格だ。2025年にはNisshin Seifun Welna(日清製粉グループ)が2,500店舗に商品を展開するなど、素材・食材領域での存在感は着実に高まっている。

しかし全体として、フランチャイズ・外食チェーンという軸で見ると、ベトナム市場における日系ブランドのシェアはシンガポール(市場の約27%)・韓国・中国ブランドと比べて小さい。

なぜ日系企業は展開が遅れたのか。理由は「品質へのこだわり」という一見美徳に見える特性が、スピード・コスト・フレキシビリティとトレードオフになっているからだ。

ブランドの「魂」を守ろうとしすぎる:日系外食・食品企業は品質基準・オペレーション・味のレシピを本国基準に合わせようとする傾向が強い。フランチャイズパートナーへの権限委譲に慎重で、結果として展開速度が著しく遅くなる。中国ブランドが2年で300店を作る間、日系ブランドは5年かけて30店に到達する。

価格設定が消費者とズレているベトナムのGen Z戦略で詳述しているが、若年層の購買力と価値観を理解せずに「日本品質=高価格」というロジックを押し通すと、ターゲット消費者を逃す。

日系企業が今すぐ取るべき4つの戦略

中国ブランドの低価格・高速モデルに正面対決するのは得策ではない。日系ブランドの強みは「清潔・安全・本物の日本」というイメージであり、これを活かしながら速度とコストの問題を解決する必要がある。

①プレミアムと普及ラインの「2層展開」

旗艦店では日本体験の本物感を訴求してブランド価値を守る。同時に、よりシンプルな製品ラインで現地フランチャイズ展開できる「普及版」を別ブランドや別ライン名で設計する。シャトレーゼはこの方向性の先行事例といえる。日本品質の洋菓子をハノイ・ホーチミンの中間層に届けながら、TikTokを使った若者向けマーケティングで存在感を作っている。

②「ベトナム×日本」のハイブリッド製品開発

日本ブランドのベトナムでの優位性の一つは「清潔・健康・本物」というイメージだ。この強みを活かしながら、ベトナム産食材(コーヒー豆・コムクァット・米粉等)を使った現地適応製品を開発することで、「日本の技術×ベトナムの素材」というユニークなポジションを作れる。

例えば、ベトナムのカフェ文化に日本の精密な焙煎・ブレンド技術を掛け合わせた「ベトナム産豆の日本式コーヒー」は中国ブランドにはない差別化軸になりうる。コンデンスミルクと組み合わせた「ベトナム式×日本品質」の製品展開も考えられる。

③TikTok・Zaloの「現地ネイティブ運用」体制構築

バズコンテンツを外注するのではなく、ベトナム人スタッフが日常的にコンテンツを制作・投稿できる体制を作る。最もTikTokを使いこなしている日系F&Bブランドの共通点は「現地スタッフへの運用権限委譲」だ。本社の承認フローがTikTokのリアルタイムスピードと合わない。ベトナムのTikTokでは「日本スタッフが現地店で驚く動画」「日本品質の製造工程の透明化」といったコンテンツが高いエンゲージメントを得やすい。

④意思決定の「現地化」——ベトナム担当責任者への権限委譲

中国ブランドが速い根本理由は、現地での意思決定権限が大きいからだ。価格・プロモーション・フランチャイズ契約を現地責任者が決定できる仕組みを作ることで、展開スピードを一段階上げられる。「本社に確認します」が一番多い日系企業と「今日決めます」が普通の中国企業では、市場対応速度に決定的な差が生まれる。

2026年はベトナムF&Bの「二極化元年」

2026年3月24〜26日にホーチミン市で開催されたFood & Hospitality Vietnam 2026には36カ国・400社が出展し、推計17,000人のバイヤーが来場した。ベトナムのF&B市場が国際的注目を集めていることが改めて示された。

この市場は今後5年で「中国発の低価格・高速フランチャイズ」対「日欧系のプレミアム・体験型ブランド」という二極化が進むと見ている。中間帯は中国ブランドと韓国ブランドに挟まれ、生き残りが難しくなる。

日系企業にとっての問いは「参入するか否か」ではなく「どのポジションで、どの速度で動くか」だ。蜜雪氷城の1,304店舗という数字を知ったとき、「すでに手遅れ」と感じるか「まだ間に合う」と感じるかが、これから5年の結果を分ける。

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この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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