2026年2月、中国最大のフードデリバリー企業美団(Meituan)がベトナムに法人を設立した。社名はMeituan Technology Co., Ltd.、設立場所はホーチミン市。3月からはビジネス開発職の採用を開始しており、本格的なベトナム市場参入への準備が着々と進んでいる(出典: VnExpress, 2026年3月)。
ベトナムのフードデリバリー市場は現在、GrabFood(シンガポール系)とShopeeFood(テンセント系Seaグループ傘下)の2社が事実上の寡占状態にある。そこに中国最大手が殴り込みをかけるこの動きは、単なる「1社の市場参入」以上の意味を持つ。本稿では、Meituanの参入戦略とその背景を読み解き、ベトナムで事業を展開する日系外食・食品企業への影響を分析する。
なぜ今、MeituanはベトナムへGo Southするのか
Meituanが海外展開を模索してきた背景には、中国国内市場の飽和がある。中国のフードデリバリー市場は2023〜2024年頃から成長率が鈍化。浸透率が高まる一方、Alibaba系の「饿了么(ele.me)」との競争で利益率が圧迫されている。こうした中、Meituanが成長ドライバーとして目をつけたのが東南アジアだ。
特にベトナムは、以下の観点から参入先として魅力的だ。
- 人口・年齢構成:人口約9,800万人、中央値年齢31歳と若い。スマートフォン普及率は都市部85%超で、フードデリバリーへの親和性が高い
- 市場規模と成長率:ベトナムのフードデリバリー市場は2025年時点で約14億ドル規模(出典: Statista, 2025年)。年率12〜15%での成長が続いており、2030年には25億ドル超が見込まれる
- 競合の弱点:GrabFoodは手数料率が高くレストラン側の不満が大きく、ShopeeFoodは価格競争でユーザーをつなぎとめているが、サービス品質で差別化できていない。両者のはざまに「品質×速度×価格」で割り込む余地がある
- 中国との文化的・地理的近接性:ベトナムは中国と陸続きで、漢字文化圏の影響も強い。中国系企業がオペレーション人材を確保しやすい土壌がある
蜜雪氷城の成功が「道を開いた」——先行する中国F&Bブランドの軌跡
Meituanの参入を考える上で、直近の「中国F&Bブランドのベトナム侵攻」の文脈を無視できない。
中国系ティードリンクチェーン蜜雪氷城(MIXUE)は2023年頃からベトナムで急速に拡大し、2025年末時点でホーチミン市・ハノイを中心に1,304店舗を展開するまでになった(関連記事参照)。価格帯は1杯30,000〜50,000ベトナムドン(約175〜290円)と現地の感覚でも「安くておいしい」を実現しており、Z世代を中心に圧倒的な支持を得ている。
この成功が示すのは、「中国企業がベトナムで大規模展開できる」という実証事例だ。MIXUEが先行することで、現地の規制環境・消費者心理・オペレーション上の課題についての「学習コスト」が下がった。Meituanはこの先行事例を参考に、より精度の高い参入計画を立てられる立場にある。
GrabFood・ShopeeFoodの現状——「2強」の死角
Meituanが参入しようとする市場の「現状の支配者」を分析しておく必要がある。
GrabFood(Grab)はシンガポール発のスーパーアプリで、ベトナムでは配車・フードデリバリー・決済を統合したプラットフォームを展開している。フードデリバリーの市場シェアは約45〜50%とされる(出典: Momentum Works, 2025年)。強みは「ブランド認知の高さ」と「アプリのUX」だが、弱みはレストランへの手数料率が30%前後と高く、中小飲食店からの不満が蓄積していること。
ShopeeFoodはSea Groupのeコマース部門Shopeeとの統合シナジーを活かし、特に価格競争で攻勢をかけている。2021〜2023年にかけて大規模な補助金キャンペーンでシェアを拡大したが、補助金縮小後はリテンションに課題が出ている。
この「2強」には共通の死角がある。それは「食の品質管理」に対するコントロールの限界だ。両社ともプラットフォームモデルであり、料理の品質は提携レストランに依存する。配達時間の遅延やオーダーミスのクレームも多く、ユーザー満足度には課題が残る。Meituanが中国で培ったのは、まさにこの問題を解決する「オペレーション最適化技術」だ。
Meituanの「武器」——中国で鍛えたテクノロジーとオペレーション
中国国内で培ったMeituanの競争優位を整理すると、ベトナムでの潜在的な強みが見えてくる。
1. 配達最適化アルゴリズム:Meituanは「蜂巣調度」と呼ばれる独自の配達ルート最適化システムを持つ。中国の大都市での億件単位のデータで学習したこのアルゴリズムは、配達時間の短縮と配達コストの削減を同時に実現する。ホーチミン市やハノイのように交通渋滞が激しい都市でも、このAIが強みを発揮する可能性がある。
2. レストランパートナーシップのノウハウ:Meituanは中国で800万店超の飲食店と契約しており、レストランのデジタル化支援(POSシステム、在庫管理、注文予測)まで手がける「エコシステム」を構築している。ベトナムの小規模飲食店オーナーに対しても、このノウハウを活かした囲い込みが可能だ。
3. 資金力:Meituanの時価総額は1,000億ドルを超える巨大企業だ。市場参入初期に価格競争で損失を出してでもシェアを取りに行く体力がある。実際、中国での勃興期もGrobとの消耗戦を経て市場を支配した。
ベトナムのフードデリバリー市場競争が激化した場合の「シナリオ予測」
Meituanが本格参入した場合、ベトナムのフードデリバリー市場はどう変化するか。3つのシナリオを想定する。
シナリオA:価格競争の激化(短期:2026〜2027年)
Meituanが補助金を使った配達料金の値下げ・割引クーポンを大量投入し、まずユーザー獲得を優先するシナリオ。これはGrabとShopeeFoodが取った参入初期の戦略と同じで、消費者には恩恵があるが、飲食店側への手数料交渉力が増す。日系飲食店にとっては「デリバリー費用が下がる」メリットがある一方、プラットフォームへの依存度が高まるリスクがある。
シナリオB:差別化競争(中期:2027〜2029年)
3社が並立した後、「速さ」「品質」「特定カテゴリ」での差別化競争に移行するシナリオ。GrabFoodが「スーパーアプリの利便性」、ShopeeFoodが「価格の安さ」、Meituanが「AIによる最適配達品質」でそれぞれポジションを確立する可能性がある。この段階では各プラットフォームが特定のレストランとの排他契約を結ぶ動きも起きうる。
シナリオC:M&AによるConsolidation(長期:2029年以降)
東南アジア他国の例(タイ・インドネシア)でも見られるように、3〜4社が競合した後、財務体力の弱い1〜2社が撤退またはM&Aに至るシナリオ。ShopeeFoodはSea Groupの親会社の財務状況次第では競争継続が困難になる可能性がある。
日系外食チェーン・食品企業への具体的示唆
このMeituanのベトナム参入が日系企業に与える影響と、取るべきアクションを整理する。
1. 複数プラットフォームへの同時掲載戦略の重要性
GrabFood一本に依存している日系飲食店は、今すぐ複数プラットフォームへの展開を検討すべきだ。Meituanが参入すれば、競争激化によって各プラットフォームが「独自の差別化メニュー」や「限定クーポン」を飲食店に求めてくる可能性がある。複数プラットフォームに同時掲載することで、価格交渉力と露出の最大化が可能になる。
2. Meituanの「日本食ポジション」の先取り
Meituanがベトナムで本格展開を始める前に、同プラットフォームのアーリーアダプターとして契約することは、有利な手数料率と「おすすめ掲載」の優先枠を確保するチャンスだ。高島屋のハノイ出店(2026年)に続き、日系ブランドのベトナムプレゼンス向上のタイミングと重なる。
3. B2B食材供給の機会:クラウドキッチン需要の拡大
競争が激化するとプラットフォーム各社がクラウドキッチンへの投資を増やす傾向がある(中国での実績通り)。ベトナムでクラウドキッチンが増えれば、日本産調味料・ソース・冷凍食品のB2B需要が高まる。特に「日本食テイスト」のメニューはホーチミン市の富裕層向けクラウドキッチンで競争優位になりうる。
4. ローカルパートナーとの早期連携
Meituanはベトナムでオペレーションを立ち上げる際、必ず現地の飲食企業・食材サプライヤーとのパートナーシップを模索する。この段階で日系企業がパートナーとして手を挙げることで、Meituanエコシステムへの早期統合が可能になる。
まとめ——「3強時代」が日系企業に開く新たな扉
Meituanのベトナム参入は、ベトナムのフードデリバリー市場をより成熟した「競争の場」に変える触媒となる。GrabFoodとShopeeFoodという「2強独占」の牙城が崩れれば、中小飲食店にとっては交渉力が高まり、消費者にとっては選択肢とサービス品質が向上する。
一方で、競争激化による手数料率の変動、プラットフォームへの依存リスク、データ主権の問題など、課題も生じる。日系外食チェーンや食品メーカーにとっては、この変化を「脅威」としてではなく「ポジション取りのチャンス」として活用する視点が重要だ。
Meituanが採用活動を開始した今が、ベトナム市場でのフードデリバリー戦略を再考するベストタイミングだ。