Desi Farms、売上8倍の₹300Crに急成長——D2C乳製品でAmul・Mother Dairyに挑む新興勢力

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Desi Farms、FY26に売上₹300Cr突破——1年で8倍成長の衝撃

インドのD2C乳製品ブランドDesi Farmsが、FY26(2025年4月〜2026年3月)に売上₹300Cr(約54億円)を記録した。FY25の₹38Crから約8倍という驚異的な伸びだ。創業者でCEOのSunil Shahi氏はFY27に₹800Crを目指すと公言しており、インド乳製品市場の勢力図が塗り替わる可能性が出てきた。

インドの乳製品市場規模は2026年時点で約319.5億ドル(約4.8兆円)。2031年には444.8億ドルに達する見通しで、年平均成長率は6.84%。この巨大市場で、Amul(年商約₹72,000Cr)やMother Dairy(約₹16,000Cr)といった巨人が君臨する中、D2C新興企業が風穴を開け始めている。Desi Farmsはその最前線にいる。

創業者Sunil Shahiの経歴——大企業CEOからD2C起業家へ

Desi Farmsの異色さは、創業者の経歴にある。Sunil Shahi氏はGreaves Cotton(創業170年超のインド老舗エンジニアリング企業)の元CEOだ。大企業経営のプロが、2022年にB2B酪農ビジネスを買収し、そこからD2Cブランドへ転換するという珍しいルートで事業を立ち上げた。

この経歴が効いている。大企業での経営経験は、後述するM&A戦略やサプライチェーン構築のスピードに直結している。スタートアップ出身の創業者が陥りがちな「プロダクトは良いが組織を回せない」という課題を、Shahi氏は最初から回避できた。

「搾乳12〜24時間以内に届ける」——品質で差別化するビジネスモデル

Desi Farmsの核心は「搾乳から12〜24時間以内に消費者へ届ける」という鮮度保証だ。これは単なるマーケティングコピーではない。インドの乳製品流通の構造的な問題に対する解だ。

インドでは大手メーカーの牛乳が消費者に届くまでに4〜5日かかるケースが珍しくない。産地から500〜1,000km輸送される間に鮮度は落ち、保存料や化学添加物が投入される。FSSAI(インド食品安全基準局)の調査でも、牛乳の混ぜ物問題は繰り返し指摘されてきた。

Desi Farmsはこの問題を、以下の仕組みで解決している。

  • ISO 9001:2015認証のAhmednagar工場で1日15万リットルを処理
  • 製品あたり20以上の品質検査を実施
  • テック基盤のトレーサビリティで農場から消費者までを追跡可能に
  • 化学添加物・保存料・抗生物質フリーを全製品で実現

商品ラインナップは54SKU。A2ミルク、パニール、ダヒ(ヨーグルト)、A2ギーといった基幹商品に加え、FY26にはA2ミルクアイスクリーム(62SKU、₹10〜50の価格帯)、フレーバーミルク、高タンパクパニール、低脂肪ダヒを投入した。特にアイスクリームは衝動買い需要を取り込む戦略商品として位置づけられている。

8倍成長を支えた「買収ドリブン」戦略

FY25の₹38CrからFY26の₹300Crへの急成長は、オーガニックな伸びだけでは説明できない。Desi Farmsは2つの戦略的買収で成長を加速させた。

Healthy Mithaiの買収(2025年)

シュガーフリースイーツブランド「Healthy Mithai」を全額株式交換で取得。インドの祝祭シーズン(ディワリ、ホーリーなど)に爆発的に売れるスイーツ市場は₹3兆規模とも言われ、ここに「健康志向スイーツ」で切り込む足がかりを得た。

Suruchi Dairyの買収(2025年7月、₹130Cr)

こちらがゲームチェンジャーだ。創業28年の老舗酪農企業Suruchi Dairyを₹130Cr(約23億円)で買収し、1日35万リットルの処理能力を一気に手に入れた。既存のAhmednagar工場と合わせて日産50万リットル体制が整い、大手と張り合えるスケールに到達した。

この「買収ドリブン」戦略は、Country Delight(₹900Cr ARR、1日12万リットル規模)やSid’s Farmといった他のD2C乳製品ブランドが自社成長を軸にしている中で、明確な差別化要因になっている。大企業CEOの経験がM&A実行力に直結した好例だ。

チャネルミックスの巧みさ——D2C 38%、B2C 34%、B2B 28%

Desi FarmsのFY26チャネル構成は興味深い。

  • D2C(自社アプリ・ウェブサイト): 38%
  • B2C(小売・モダントレード): 34%
  • B2B(業務用): 28%

D2Cが最大チャネルだが、B2CとB2Bも厚い。この三本柱のバランスが、単一チャネル依存のリスクを回避している。

オフライン展開では10,000超の小売店舗(キラナショップ+モダントレード)に加え、50以上の直営店「Desi Farms Outlet」を運営。ブランド体験を直接コントロールできる拠点を持つ点は、卸依存の既存大手にはない強みだ。

オンラインでは自社アプリに加え、急成長するクイックコマースプラットフォームのZepto、Blinkit、Swiggyにも出店。2026年4月時点でクイックコマース経由の月間売上は₹9Crに達する見込みだ。クイックコマース市場の月間GMVが₹11,000億円を突破する中、乳製品は「毎日届く」カテゴリとして特に相性が良い。

競合比較——Amul・Mother Dairy・Country Delightとの立ち位置

Desi Farmsの₹300Crという売上は、Amul(₹72,000Cr)やMother Dairy(₹16,000Cr)と比べれば微小だ。しかし成長率で見ると景色が変わる。

ブランド FY26売上(推定) 前年比成長率 主な強み
Amul ₹72,000Cr 約15% 協同組合モデル、全国配送網、圧倒的ブランド力
Mother Dairy ₹16,000Cr 約10% NDDB系列の信頼性、デリーNCR圏の牙城
Country Delight ₹900Cr ARR 約50% サブスクモデル、15都市展開、8Mデリバリー/月
Desi Farms ₹300Cr 約700% M&A戦略、12時間鮮度保証、50直営店

Country Delightがサブスクリプションモデル(定期宅配)を武器にするのに対し、Desi Farmsは直営店+クイックコマース+B2Bの三面展開で面を取りに行っている。アプローチは異なるが、両社とも「大手の牛乳は鮮度が低い」という同じ消費者不満を起点にしている点が共通する。

インドの乳製品市場では、パニールをはじめとする加工乳製品の需要が急拡大しており、付加価値商品で高マージンを確保できるかが中長期の勝負を分ける。Desi Farmsの売上の大半が「付加価値乳製品」から生まれている点は、この文脈で正しいポジショニングと言える。

なぜ今、D2C乳製品が伸びるのか——3つの構造要因

Desi Farmsの急成長は一社の話ではない。インドD2C乳製品市場が拡大する構造的な背景がある。

1. 都市部中間層の「品質不安」

インドの牛乳生産量は世界の約85%を占めるが、品質管理は追いついていない。混ぜ物(水、デタージェント、尿素など)が社会問題化しており、都市部の中間層を中心に「信頼できるブランドの牛乳を直接買いたい」というニーズが高まっている。D2Cモデルは中間業者を排除することで、この不安に応える。

2. クイックコマースの浸透

Blinkit、Zepto、Swiggy Instamart の10分配達インフラが、乳製品D2Cの追い風になっている。冷蔵配送のラストワンマイルを自社で構築する必要がなくなり、新興ブランドの参入障壁が大幅に下がった。インドの食品ECプラットフォームの進化は、乳製品カテゴリにとって特に追い風だ。

3. A2ミルク・オーガニック志向の台頭

インドでもA2ミルク(A2βカゼインのみを含む牛乳)への関心が急速に高まっている。消化が良いとされ、従来のA1ミルクより高価格帯で売れる。Desi FarmsがA2ミルクを前面に打ち出しているのは、この高付加価値トレンドを捉えた判断だ。

リスクと課題——₹800Crへの道は平坦ではない

急成長の裏にはリスクもある。

買収統合の難しさ。Suruchi Dairy(創業28年)のオペレーションをDesi Farmsの品質基準に統合するには時間がかかる。FY26の利益率データは開示されていないが、FY25時点の純利益₹2Cr(売上₹38Cr、利益率約5.3%)は薄利だ。買収コストの回収と利益体質の構築が同時に求められる。

地理的集中リスク。現在の主力市場はマハラシュトラ州(プネ、ムンバイ、ナビムンバイ、ターネ)。ベンガルール、ハイデラバード、アーメダバード、デリーNCRへの展開を進めているが、各地域での冷蔵サプライチェーン構築と消費者認知の獲得は一筋縄ではいかない。

大手の反撃。AmulもD2C強化を進めており、Mother DairyもEC展開を加速している。価格競争に引きずり込まれれば、規模で劣るDesi Farmsは不利だ。「品質プレミアム」のポジションを維持しつつ、どこまでスケールできるかが問われる。

日本企業への示唆——インド乳製品市場の読み方

Desi Farmsの急成長は、インド市場を見る日本企業にとって3つの示唆を含んでいる。

第一に、インドのD2C市場は「テック企業」だけのものではない。Shahi氏のように伝統産業の経営経験を持つ起業家が、既存アセット(酪農設備)をD2Cで再定義するモデルが成立している。日本の食品メーカーが持つ製造ノウハウや品質管理の知見は、インド市場で武器になり得る。

第二に、クイックコマースは乳製品・生鮮の流通を根本的に変えている。冷蔵物流を自前で持たなくても、Blinkit・Zepto経由で全国展開が可能になった。日本企業が乳製品や生鮮加工品でインド市場に参入する場合、クイックコマースは有力な初期チャネルとなる。

第三に、「食の安全」は依然として強力な差別化軸だ。混ぜ物問題を抱えるインド乳製品市場では、品質保証は価格以上の購買動機になる。日本企業の品質管理基準は、そのままブランドストーリーに転化できる。

₹300Crのブランドが₹72,000Crの巨人に追いつくかどうかは、まだ分からない。しかしDesi Farmsが証明しつつあるのは、インドの消費者が「安い牛乳」ではなく「信頼できる牛乳」を選び始めているという、不可逆な変化だ。

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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