ベトナムの「食」がスマホ上の戦場に変わった
ベトナムで、スーパーマーケットに行く回数が減っている。その代わりに増えているのが、ShopeeFoodやGrabFoodで弁当を頼み、ついでにShopeeMartやGrabMartで野菜と洗剤も一緒にカートに入れるという行動だ。2024年、ベトナムのECプラットフォーム上位5社の合計売上高は318.9兆ドン(約1兆9,500億円)に達し、前年比37.36%増。なかでも食料品・食品カテゴリの成長率は76.3%と全カテゴリ中トップだった。
フードデリバリー単体でも、2025年にベトナムの消費者はアプリ経由で21億ドル(約3,150億円)を食事の注文に費やした。前年比19%増。そしてこの市場で、ShopeeFoodがついにGrabFoodを抜いた。
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数字で見る勢力図──ShopeeFood 42.94% vs GrabFood 40.61%
| プラットフォーム | フードデリバリーシェア | EC統合度 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|
| ShopeeFood | 42.94% | ◎(ShopeeMart・ShopeePay・ShopeePayLater一体) | 15日間返品保証・送料無料返品 |
| GrabFood | 40.61% | ○(GrabMart・GrabPay連携) | 15〜30分配達・非食品カテゴリ拡大 |
| BeFood | 約4% | △(ライドヘイリング中心) | 注文数390%増・「メイドインベトナム」訴求 |
| Xanh SM Ngon | 参入初期 | △(EV配車基盤) | 手数料17%・電動バイク配達・直送方式 |
ここで押さえるべきは、ShopeeFoodとGrabFoodの合計が83.55%を占め、実質的な二強支配であること。2023年にはBaemin、2024年にはGojek(GoFood)とLoshipが撤退し、6社から4社に淘汰された市場で、新規参入のXanh SM Ngonだけが「第三極」を狙う構図だ。
ShopeeFoodが逆転できた理由──「買い物ついで」の破壊力
ShopeeFoodの強さは、単独のフードデリバリーアプリとしての完成度ではない。Shopeeというeコマース巨大エコシステムの中の「一機能」であることが、最大の武器になっている。
ベトナムの消費者がShopeeアプリを開く理由は、服や化粧品を買うためだ。そのついでにShopeeFoodで昼食を注文し、ShopeeMartで翌日の食材をカートに入れる。決済はShopeePay、分割払いはShopeePayLater。返品は15日以内なら送料無料で可能。この「ワンアプリ完結」の利便性が、わざわざGrabアプリを開く手間を消している。
ハノイではShopeeFoodのシェアが56%に達し、ホーチミン市ではGrabFoodが50%で優勢という地域差も、この構造を裏付ける。ECの浸透度が高いハノイの若年層は「Shopeeで全部済ませる」傾向が強い。
GrabFoodの反撃──GrabMartの「非食品」拡張とAOV25%増
GrabFoodを擁するGrab陣営も手をこまねいているわけではない。GrabMartは食品以外のカテゴリを急速に拡大中だ。ヘルス&ビューティー、コンビニエンスストア、マザー&ベビー用品、電子機器アクセサリー、ペット用品と、守備範囲を生活全般に広げている。
その結果、GrabMartの平均注文単価(AOV)は前年比25%以上増加した。「食事だけでなく生活必需品もGrabで」というクロスセル戦略が数字に表れている。配達時間15〜30分という速さも、「今すぐ必要なもの」に強い。Shopeeの翌日配達に対する差別化ポイントだ。
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Xanh SM Ngon──ビングループのEV配達が仕掛ける「第三極」
2025年7月にホーチミン市で正式ローンチしたXanh SM Ngonは、ベトナム最大財閥ビングループの電動配車プラットフォーム「Xanh SM」から派生したフードデリバリーサービスだ。
3つの差別化ポイントがある。
第一に、レストラン手数料の安さ。ShopeeFood・GrabFoodが20〜25%の手数料を取る中、Xanh SM Ngonは17%に抑えている。飲食店にとっては利益率が3〜8ポイント改善する計算で、出店インセンティブが高い。ハノイだけで既に2,000以上のレストランパートナーを確保した。
第二に、電動バイク配達のブランド価値。環境意識が高まるベトナムの都市部で、「EVで届く食事」は消費者にとっての選択理由になりつつある。
第三に、「ノーマッチング」直送方式。複数の注文をまとめず、レストランから顧客へ直接配達する仕組みで、料理の温度と鮮度を最大限に保つ。
BeFood──「メイドインベトナム」で2,000万人ユーザーを狙う
Be Groupはベトナム発のライドヘイリング企業で、VPBank証券の出資を受けている。そのフードデリバリー部門BeFoodは、シェア4%と小さいが、成長率は突出している。2年間で注文数が390%増、顧客数が250%増、パートナー飲食店が7倍に拡大した。
「ベトナム企業がベトナム人のために作ったプラットフォーム」という打ち出し方は、シンガポール系のGrab、中国系のShopeeに対する明確なポジショニングだ。Be Groupは2,000万ユーザーの獲得を目標に掲げており、決済サービスやタクシー配車との統合を進めている。
SNS・業界関係者の反応
ホーチミンのフードテック起業家(LinkedIn投稿):「ShopeeFoodが勝っているのは料理がおいしいからではなく、Shopeeアプリを閉じる理由がないから。エコシステムの粘着性がフードデリバリーの競争ルールを変えた」
ハノイのレストランオーナー(Facebook):「Xanh SM Ngonの手数料17%は正直ありがたい。GrabFoodの25%と比べると、1日100食出せば月に数百万ドンの差になる。ただし注文数がまだ少ない」
ベトナムEC業界メディア記者(X投稿):「BaeminとGojekの撤退で市場が健全化した。6社が赤字で殴り合うより、実質3〜4社で利益を出せる構造の方が、配達員の待遇改善にもつながる」
日系コンサルティング会社アナリスト(業界レポート):「ベトナムのフードデリバリー市場は2030年に90億ドル(約1兆3,500億円)規模になる見通し。東南アジア6カ国中最小の市場だが、成長率19%は健全で、日系外食チェーンにとっては『デリバリーファースト』で参入する価値がある」
市場全体の成長マップ──2030年に90億ドル(約1兆3,500億円)
| 指標 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 2024年フードデリバリー収益 | 18億ドル(約2,700億円) | 前年比26%増 |
| 2025年アプリ経由食事注文額 | 21億ドル(約3,150億円) | 前年比19%増 |
| 2024年EC上位5社合計売上 | 318.9兆ドン(約1兆9,500億円) | 前年比37.36%増 |
| 2024年EC商品取扱数 | 342万点 | 前年比50%超増 |
| 食料品カテゴリ成長率 | 76.3% | 全カテゴリ中1位 |
| 2030年市場規模予測 | 90億ドル(約1兆3,500億円) | 配車・デリバリー合計 |
| インターネット普及率 | 70%超 | 約7,000万人がオンライン |
日本企業への示唆──「デリバリーファースト」出店の時代
ベトナムに進出する日系外食チェーンにとって、この市場構造の変化は出店戦略の前提を変える。
実店舗より先にデリバリーで認知を取る。ShopeeFoodの42.94%シェアは、ベトナム人の半数近くが「まずアプリで見つけた店で食べる」ことを意味する。路面店の立地選定より先に、ShopeeFoodとGrabFoodの両方に出店し、レビューと注文数を積むことが合理的だ。
プラットフォーム手数料は「家賃」と考える。GrabFoodの25%、ShopeeFoodの同水準、Xanh SM Ngonの17%を天秤にかけつつ、複数プラットフォームへの同時出店でリスク分散する。ベトナムのレストランは平均3つ以上のデリバリーアプリに出店している。
ShopeeMartでのリテール展開を並行させる。日本の食品メーカーにとっては、飲食店デリバリーだけでなく、ShopeeMartでのパッケージ食品販売という「もう一つのチャネル」が生まれている。食料品カテゴリの76.3%成長はこのチャネルの可能性を示している。
まとめ──「アプリの中の棚取り」がベトナム食品ビジネスの新常識になる
ベトナムのフードデリバリー市場は、BaeminとGojekの撤退を経て「ShopeeFood対GrabFood」の二強体制に集約された。ShopeeFoodがエコシステムの力で42.94%のトップシェアを取り、GrabFoodはGrabMartの非食品拡張で対抗する。Xanh SM NgonがEV配達と低手数料で第三極を目指し、BeFoodがベトナムローカルの旗を振る。
2030年の90億ドル市場に向けて、競争はこれから本格化する。だが、消費者にとっての勝者は「一番安い店」ではなく「一番離れにくいアプリ」だ。Shopeeの「買い物ついでに食事も」というモデルが、GrabMartの「今すぐ届く生活必需品」とどこで均衡するか。ベトナムの1億人の買い物動線が、スマホの中で書き換えられている。