コーヒー一強に逆張り、デリー空港で「インドの茶」を売るEncalmの一手

インドの空港ラウンジ運営で知られるEncalm Hospitality(エンカーム)が、自社の飲食ブランドを束ねる新事業「Encalm Eats」を立ち上げ、その第一弾としてカフェ業態「IndiSip(インディシップ)」をデリー国際空港に開業した。看板はコーヒーではない。カシミール地方のカワ茶(Kahwa)、ジンジャー・カルダモン茶、ケサル(サフラン)茶、グラブ(バラ)茶といった、インド各地の伝統的な飲み物だ。スターバックスをはじめとするコーヒーチェーンが攻勢を強めるインド外食市場で、あえて「インドの茶」を前面に出してプレミアム化を狙う。飲料・茶・空港リテールに関わる日本企業にとって、自国の素材をどう価値化するかの実例として読み解く価値がある。

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起点:空港ラウンジ大手が「自社ブランドの茶カフェ」を持った

Encalmはデリー国際空港のターミナル1・3を中心に複数のラウンジを運営してきた、空港ホスピタリティの大手だ。これまでは到着・出発客に休憩空間と飲食を提供する「場所貸し+運営」型のビジネスが軸だった。今回のEncalm Eatsは、その延長線上で自前の飲食ブランドを育てる方向へ一歩踏み込んだ動きにあたる。

第一弾のIndiSipは「インドを一杯ずつ旅客へ届ける」というコンセプトのクイックサービス型カフェ。メニューの中心は前述の地方茶で、これにアイスラテやエスプレッソ、シェイクが並ぶ。フードはマサラ・サモサ、ココナッツ入りのコパラ・パティ、イラニ・バンマスカ、アチャリ・パニール/チキンのティッカラップなどインド色の濃い軽食に、クロワッサンやマフィン、クッキーを組み合わせる。グループCEOのVikas Sharma氏は「Encalm EatsはEncalmのホスピタリティ事業を一段広げる次の章」と位置づけ、事業責任者のDeepak Bhatia氏はIndiSipを「複数の業態と立地に広げる飲食ブランド群の第一歩」と説明している。

何が新しいのか:「コーヒー」ではなく「自国の茶」を売り場の主役にした

インドはもともと世界有数の紅茶(チャイ)消費国だが、街のチャイは安価で日常的な飲み物という位置づけが長く続いてきた。一方で外食チェーンの世界では、ここ十年あまりコーヒーが「都市の若者が金を払うプレミアム飲料」として伸びてきた。スターバックスがデリーで高級業態のリザーブ店を構える流れは、その象徴だ。Encalmの選択が興味深いのは、その伸びているコーヒー側に正面から乗らず、あえて茶の側を「払う価値のある体験」へ引き上げにいった点にある。スターバックスの高級化路線については別記事のスターバックスがデリーで仕掛けたリザーブ業態で詳しく扱っているが、両者を並べると「外資が持ち込むプレミアム」と「自国の素材で作るプレミアム」という二つの設計思想の違いがはっきり見える。

カワ茶はカシミール、ケサル茶はサフラン、グラブ茶はバラと、いずれも地名や素材の物語を背負った飲み物だ。これらは中間層以上の家庭では既に「ちょっと良いお茶」として認知が進んでいる。Encalmはその認知を、人が滞留し財布の紐がゆるみやすい空港という場で商品化した。

数字で見る:茶カフェ市場はコーヒーカフェの3分の1以下だが急伸中

調査会社The India Watchの分析によると、インドのチャイカフェ市場の規模は約873crore(87.3億ルピー、1ルピー≈1.8円換算で約157億円)で、直近12か月で15%超の伸び。これに対しコーヒーカフェ市場は約3,084crore(308.4億ルピー、約555億円)と、規模ではなお3倍以上の差がある。ただしチャイカフェ側はFY21〜24でおおむね年率20%台の成長とされ、追い上げの局面にある。市場をけん引するのはChaayosとChai Pointで、この2社で売上ベースの約51%を占め、それぞれ200店超を展開する。

項目 茶カフェ コーヒーカフェ
市場規模(概算) 約873crore(87.3億ルピー) 約3,084crore(308.4億ルピー)
位置づけ 規模は小さいが高成長 規模は大きく成熟へ
主要プレイヤー Chaayos/Chai Point(売上の約51%) 外資系含む多数

IndiSipの店舗面積・価格・出店ターミナルは公式に開示されていないため、本稿では推測値を載せない。確かなのは「成長率では茶が勝っている市場に、空港リテールの土地勘を持つ事業者が自社ブランドで参入した」という構図だ。

業界の受け止め:三つの見方

外食・空港リテールの関係者の反応を意訳でまとめると、おおむね三つに整理できる。第一に肯定的な見方。空港は旅客が「インドらしい記憶」を持ち帰る最後の接点であり、コーヒーより茶のほうが土産性・物語性で差別化しやすい、という評価だ。第二に慎重論。空港は回転率と単価で稼ぐ場であり、丁寧に淹れる地方茶がオペレーション速度とどう両立するかは未知数だ、との指摘がある。第三に構造的な期待。ラウンジで蓄えた旅客データと運営ノウハウを自社ブランドに転用できれば、テナントを呼ぶ側から自ら稼ぐ側へ移れる、という事業転換としての注目だ。

日本企業への示唆:自国の素材を「払う価値」へ翻訳する設計

このニュースの核心は、商品そのものより「位置づけの設計」にある。日本企業、とりわけ飲料・茶・空港リテールに関わる側にとって示唆は三つある。

一つ目は、対インドで「日本の飲み物」を売る際のヒントだ。インドでコーヒー一強に乗ってもレッドオーシャンだが、Encalmが示したのは「現地の人が誇りを持てる素材を高級化する」筋道だ。日本側がインドに持ち込むなら、抹茶・ほうじ茶・玄米茶のように物語と作法を伴う日本茶は、コーヒーと正面衝突しない独自の棚を取りやすい。乳性飲料のように現地の味覚へ寄せて入っていく道もあり、その実例はカルピスのインド市場参入が参考になる。素材を持ち込むか、現地素材を高級化するか、入口の設計が分かれる。

二つ目は、空港という売り場の使い方だ。Encalmはラウンジ運営という既存の足場を、自社ブランドの実験場に変えた。日本の空港リテール・免税・飲料各社にとっても、訪日客が増える成田・羽田・関西で「日本の地方茶・地方素材」を物語付きで売る余地は大きい。来日の最後の一杯を商品化するという発想は、そのまま輸入できる。

三つ目は、プレミアム化の手順だ。安価な日常品を高単価に引き上げるには、産地名・素材名・淹れ方という物語の三点セットが要る。カワ茶=カシミール、ケサル=サフランという翻訳をEncalmはメニュー名で済ませている。日本茶であれば「宇治」「八女」「ほうじの香ばしさ」をどう一杯に翻訳するか、という具体作業に落ちる。

市場への波及:ラウンジ事業者の「川下」進出という流れ

今回の動きは、空港ホスピタリティ事業者が場所貸しから自社ブランド保有へ降りていく流れの一例として読める。テナントを誘致して賃料を得るモデルから、自ら飲食ブランドを持って粗利を取りにいくモデルへの移行は、商業施設や駅ナカを運営する日本の事業者にも通じる論点だ。デリー首都圏では空港インフラ自体も拡張が続いており、新空港の動きはノイダ新空港の開業でも触れたとおりだ。空港の数と旅客が増えるほど、空港内F&Bの自社ブランド化は他社にも波及しやすい。

実用情報:どこで確かめられるか

IndiSipはデリー国際空港(インディラ・ガンディー国際空港)に開業した。出店ターミナルや営業時間、価格は本稿執筆時点で公式に整理された情報が出ていないため、現地で確認するのが確実だ。Encalmのラウンジ事業の所在や提供内容は同社サイトで公開されており、F&B事業の今後の出店計画もそこに追加される可能性が高い。インド外食・飲料の動向を継続的に追うなら、出店ニュースの一次ソースである現地の業界メディアを定点観測するのが早い。

まとめ:次の一手として何を検討するか

Encalmの事例は、コーヒー一強の市場に自国の茶で逆張りするという、素材の価値化の教科書的な動きだ。日本企業が取りうる次のアクションは具体的に三つある。第一に、対インドで日本茶を売るなら「コーヒーの隣」ではなく「現地茶のプレミアム棚の隣」に置く前提で商品設計とパートナー選定を行うこと。第二に、訪日客向けに自国の地方茶・地方素材を空港で物語付き商品化する企画を、免税・空港リテール各社と組んで検証すること。第三に、産地名・素材名・淹れ方の三点で物語を一杯に翻訳する作業を、メニュー名レベルまで具体化しておくことだ。市場規模ではコーヒーに3倍以上の差をつけられている茶側だからこそ、成長率と物語性で取りにいく余地が残っている。

参照元

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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