「日本らしさ」がインド高級バーの共通言語になった一夜が示す商機

ムンバイ・バンドラの体験特化バー「Idoru(イドル)」が、2026年7月3日夜、ベンガルールのリーラ・パレス内にある京都風スピークイージー「ZLB23」で一夜限りのゲストシフト(客演)を開催した。Idoruにとって開業以来はじめての市外遠征であり、相手に選んだのがインドのバー界でトップクラスの評価を受けるZLB23だった。日本の職人哲学を掲げる2つの店が組んだこのイベントは、単なる話題づくりではない。「日本らしさ」がインド高級飲食の共通言語として流通しはじめた——インド進出を検討する日本企業にとって、この一夜は自社ブランドの置きどころを考える手がかりになる。

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ムンバイの店が、初めて市外に出た相手

Idoruはバンドラの路地裏にある小さなバーで、席数はおよそ28。日本料理店「Izumi」を手がけたAnil Kably氏、Neale Murray氏、Owen Roncon氏、そしてシェフのNooresha Kably氏らが立ち上げた。ドリンク・料理・音楽・空間を等価に扱い「体験を何より優先する」という設計思想を持つ。店には4人のオーナーが持ち寄ったレコードに加え、この店のために買い足した約200枚のLPが並ぶ。

今回のゲストシフトは、Idoruが開業してから初めての外部コラボであり、初の市外遠征でもある。バーオペレーション責任者のRahul Kamath氏とバーテンダーのKhanimwon Ramrar氏が率い、Enmi、To Odoroki、Ikura Opera、そしてうま味を効かせたマルガリータという4種のシグネチャーカクテルに、料理を合わせた。日本のバーテンディングらしい精度と、味の均衡を軸にした構成である。

受け入れた側ZLB23が持つ「日本」の看板

会場のZLB23は、2023年2月にリーラ・パレス・ベンガルール内に開いた京都風の隠れ家バーだ。ホテルの厨房を通り抜け、業務用エレベーターで案内される演出で知られ、ベンガルールのバー文化を象徴する存在になっている。評価も具体的だ。Asia’s 50 Best Barsで2024年に「インドで最も優れたバー」に選ばれ、2025年版では前年の40位から31位へと順位を上げた。五つ星ホテル内のスピークイージーとしては、インドで唯一この序列に名を連ねている。

ここで見落とせないのは、迎える側のZLB23も「京都」を掲げ、迎えられる側のIdoruも「日本」を掲げている点だ。両者に共通するのは、日本料理の提供ではなく、精度・静けさ・作り込みといった日本的な作法を体験価値として売っていることにある。つまりインドの高級飲食では、日本らしさが料理ジャンルではなく、店の格を示すブランド軸として機能しはじめている。

「日本式」がどこまで広がっているか

この動きはZLB23とIdoruに限らない。ムンバイでは音楽と食を組み合わせた体験型バーが相次いで開業し、外食チェーンが日本の「飲み会」やハイボールを取り入れる例も出てきた。日本ブランドが、料理そのものではなく飲みの場の演出として引用される流れが広がっている。

店・事例 都市 日本らしさの使い方
ZLB23 ベンガルール 京都風スピークイージーとして店の世界観全体を構築
Idoru ムンバイ 日本の職人哲学を体験設計の軸に据える
外食チェーンの飲み会・ハイボール導入 複数都市 日本の「飲み方」を集客コンテンツとして輸入

共通するのは、日本を「異国の珍しい料理」ではなく、上質さと体験を保証する記号として使っている点だ。インド外食が日本式の飲み会文化を輸入する動きとも重なる。

現地の受け止め

バー業界からは、こうしたゲストシフトを「一夜限りだからこそ新規客に店の世界観を凝縮して見せられる」と評価する声が上がる。トップ評価のZLB23が場所を貸すことは、Idoruの世界観に対する現地からの信認でもある。

飲み手側では、ムンバイでしか体験できなかったバーがベンガルールで味わえること自体が話題になった。都市をまたいだ客演は、SNSで拡散しやすい「今夜だけ」の希少性を帯びる。一方で、日本を掲げる店が増えるほど、単なる意匠の借用と本物の作り込みとの差が問われる、という冷静な見方も現地の飲食メディアには出ている。

インド進出を考える日本企業への示唆

ここから日本企業が読み取るべきは、インドで「日本」が持つ価値が変質しているという一点だ。かつては日本食レストランという業態そのものが希少価値だったが、いまは日本らしさが高級飲食の体験を格上げする素材として、料理の外側でも通用しはじめている。

具体的な一手として提案したいのは、日本の飲料・食材・器・音響・接客作法といった要素を、単体の商材としてではなく「体験を格上げする部品」として現地の有力店に持ち込むことだ。たとえば日本の飲料メーカーであれば、自社ブランドを大量流通で押し込む前に、ZLB23やIdoruのような評価の高い店の一夜限りイベントで使ってもらい、そこで生まれる話題を起点に認知を広げる方が、いまのインド都市部の消費文脈に合う。体験消費に賭ける動きは飲食全体で強まっており、日本の素材はその演出の中核になりうる。

ナイトライフ市場への波及

インドの都市部では、夜に過ごす体験そのものへの支出が伸びている。音と食を掛け合わせたバーや、演出重視のスピークイージーが増えているのは、単に酒を飲む場から、時間と体験を買う場へと需要が移っているからだ。ムンバイで音と食を掛け合わせたバーが開業する流れと同じ方向を向いている。

この市場で日本ブランドが担えるのは、上質さと静けさという差別化軸だ。派手さで競う欧米系のナイトライフに対し、精度と余白を売りにできるのは日本の強みになる。ただし、日本らしさが記号として消費されはじめた以上、意匠だけを真似た店との差を、原料や作法の本物さで示せるかが勝負になる。

実用情報・関連リンク

ZLB23はリーラ・パレス・ベンガルール内にあり、予約制の隠れ家バーとして運営されている。Idoruはムンバイ・バンドラに店を構える。今回のようなゲストシフトは告知から実施までが短く、SNSでの一次発信を追うことが情報入手の近道になる。インドの高級飲食に自社ブランドを載せたい企業は、こうしたイベントを主催する店側の担当者との接点づくりから始めるのが現実的だ。

まとめ

Idoruのベンガルール客演は、日本らしさがインド高級飲食で「格を示す共通言語」になったことを示す小さな事件だ。日本企業が次に取るべきは、日本の飲料・食材・作法を単なる輸出品としてではなく、現地の評価の高い店の体験を格上げする部品として持ち込むことである。まずは進出候補都市で評価の高いバー・レストランを1店リストアップし、その店の一夜限りイベントに自社ブランドを差し込む提案を作ってみることを勧めたい。大量流通の前に、話題の起点をひとつ作る。それが、いまのインド都市部で日本ブランドが定着する最短ルートになる。

参照元

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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