Who: Mixue(蜜雪氷城)・Chagee(霸王茶姬)・HeyTeaなど中国系ミルクティーチェーン大手
What: 東南アジア(SEA)での出店を調整・縮小しつつ、米国・韓国への積極出店にシフト
When: 2025〜2026年にかけて戦略転換が本格化
Where: ベトナム・インドネシアなどSEA市場、ニューヨーク・ソウルなど先進国都市
Why: SEAのティー飲料市場が60以上のブランド・6,100店舗超という「飽和状態」に達したため
How: SEAでは不採算店舗の整理と運営効率化、米国・韓国では大型旗艦店でのブランド発信
ベトナムの街角に何が起きているか
ハノイやホーチミンシティの繁華街を歩くと、赤と白のMixue(蜜雪氷城)の看板が至るところに目に入る。2020年代前半、中国系ミルクティーチェーンはベトナム市場に怒濤の勢いで押し寄せた。価格は現地の屋台チャームに近く、内装はInstagramに映える清潔なカフェスタイル——若い消費者の支持を集めた。
しかし2025〜2026年、その潮目が変わりつつある。Mixueは2025年中間決算で「ベトナムとインドネシアの店舗数が前年同期比で減少した」と公式に認め、戦略的な調整を実施中であることを明らかにした。一方で同社は、ニューヨークや韓国ソウルへの出店を加速させている。
これは単なる「ベトナム撤退」ではない。中国系ティーチェーンビジネスの構造的な転換点を示す動きだ。
市場飽和の実態——60ブランド・6,100店舗という数字の意味
VnExpressが2026年4月13日に報じた調査によると、2024年末時点で60以上の中国系ブランドが東南アジア全域に6,100以上の店舗を展開していた。
この数字をベトナム市場の人口(約1億人)と都市部集中率で考えると、何が起きているかが見えてくる。ホーチミンシティ(人口約900万人)の主要商業エリアには、数百メートルおきにミルクティーショップが並ぶ状況だ。しかも競合するのは中国系同士だけではない。ベトナム地場のミルクティーブランド(Gong Cha Vietnam、The Coffee Houseのティーラインなど)、韓国系(CJ系列)、さらには地元の個人経営ショップも市場を分け合っている。
この「過密状態」では、新規出店が必ずしも売上増につながらない。むしろ既存店の客を食い合う「カニバリゼーション」が起きてしまう。Mixueがベトナムで店舗数を絞り始めたのは、この合理的な判断の結果だ。
なぜ「米国・韓国」なのか——ブルーオーシャン戦略の論理
中国系ティーチェーンが次の市場として選んだのが、アメリカと韓国だ。この選択には明確な論理がある。
米国市場:18%成長・2029年に29億ドル規模へ
米国の新鮮茶飲料(フレッシュティー)市場は2025年に前年比18.2%増の7,845店舗に達した。業界予測では2029年までに29億ドル(約4,300億円)規模に成長するとされる。
実際の開店初日の数字を見ると、その需要の大きさがわかる。
| ブランド | 出店場所 | 開店初日の実績 |
|---|---|---|
| HeyTea | ニューヨーク・タイムズスクエア | 3,500杯以上を販売、その後平均2,000杯/日 |
| Chagee | 米国(複数都市) | 初日5,000杯以上 |
| Auntea Jenny | 米国 | 初日3,024注文・売上$65,000 |
価格設定も興味深い。Mixueのニューヨーク店ではミルクティーが$3.49〜。現地のコーヒーやノンカフェイン飲料が$6〜7する中で、「手頃でおいしいアジアのお茶」という価値提案が機能している。HeyTeaは平均$10と高めの設定だが、それでも需要は旺盛だ。
韓国市場:K-カルチャーとの融合
韓国でもChageeが2026年第2四半期にソウルへ3店舗を開設予定。すでにHeyTea・Mixue・ChaPanda・Auntea Jennyが営業中だ。ソウルの大学生は「このような品質のミルクティーは韓国では見つからなかった」とコメントしており、文化的な新鮮さが訴求力を持っている。
SEAとの違いは「競合密度」だ。ベトナムやインドネシアではすでに何十ものブランドが戦っているが、韓国ではまだブルーオーシャンに近い。先行者利益を取れる市場に、経営資源を集中させる戦略は合理的だ。
ベトナム消費者への影響——何が変わり、何が変わらないか
「Mixueの店舗が減る」というニュースに、ベトナムの消費者はどう受け止めるべきか。
変わること:
不採算の路面店が閉鎖されていく。特に家賃が高い立地・客足が少ない時間帯に特化した小型店は整理される可能性が高い。消費者が「近所にあったMixueがなくなった」と感じるケースは増えるかもしれない。
変わらないこと:
Mixueをはじめとする中国系ブランドは、ベトナム市場から撤退するわけではない。「量的拡大から質的強化へ」の転換であり、残存する店舗は運営品質が向上する可能性がある。また、空いたシェアを狙ってベトナム地場ブランドが伸長する機会にもなる。
ベトナムのミルクティー・飲料市場を理解する上では、ベトナムスキンケア市場2026で詳述されているような「若い消費者層の購買意識の変化」も重要な背景として押さえておきたい。
中国国内との比較——42万店舗という「地獄の競争」からの逃避
この転換を理解するためには、中国国内の状況を知る必要がある。現在、中国本土では約42万店舗のティー・コーヒーショップが営業しており、$1以下の価格や無料注文特典による顧客獲得競争が常態化している。
この「極限の価格競争」から逃げる先として、海外市場がある。特に先進国市場(米国・韓国・日本)は、中国国内価格の3〜10倍の価格設定が可能で、ブランドイメージも構築しやすい。SEAはその中間——価格競争は激しいが中国本土よりはマシ——という位置づけだったが、今や飽和してしまった。
こうした背景を踏まえると、Mixueのベトナム縮小は「失敗」ではなく「合理的な資本再配分」として読み解ける。
ベトナムのD2C・Eコマース事業者への示唆
中国系ミルクティーチェーンの動きは、ベトナムのビジネス環境全体に示唆を与える。
- 飲食チェーンの競争構造が変わる: 中国系が「量より質」に転換することで、ベトナム地場ブランドや独立系カフェが差別化しやすくなる。「ローカルらしさ」「ストーリー性」を武器にした消費者訴求が有効になる。
- TikTok Shop・SNS販売の重要性: 実店舗が減少する中でも、オンライン注文・デリバリー対応が充実しているブランドは顧客を維持できる。TikTok Shop手数料引き上げ(2026年4月)という逆風はあるが、デジタルチャネルへの投資は不可欠だ。
- 「地元密着」の価値再評価: 中国系ブランドが撤退・縮小したエリアでは、地域に根ざした飲食ブランドの存在感が増す。ベトナム産茶葉・ローカルフレーバーを活かしたブランドには追い風が吹く可能性がある。
- 越境ECへの視点: 中国系ブランドが米国・韓国で成功を収めているモデルは、ベトナム発のブランドにとっても参考になる。「アジアン・フレーバー」というコンセプトは、先進国市場でもニーズがある。
「ベトナム飽和」が示すD2C・消費財市場の普遍的教訓
ベトナムのミルクティー市場で起きていることは、ベトナムD2C美容市場や他の消費財セクターにも共通する「市場ライフサイクル」の縮図だ。
急成長期(2020〜2023年):先行者が市場を開拓し、消費者が「新しいもの」として受け入れる。
成熟・飽和期(2024〜2025年):競合が乱立し、価格競争が激化。差別化が難しくなる。
再編期(2026年〜):不採算プレイヤーが退場し、強者が品質・効率で生き残る。地場ブランドの巻き返しが始まる。
ベトナム市場で商品・サービスを展開する事業者は、自分のカテゴリがどのフェーズにあるかを常に意識する必要がある。ミルクティー市場が示す「先行者利益の賞味期限」は、他のカテゴリでも同様に訪れる。
まとめ
MixueのベトナムでのShrink(縮小)は、「失敗」ではなく「市場飽和への適応」だ。SEA全体で60ブランド・6,100店舗が過密競争を繰り広げる中、合理的なプレイヤーは経営資源を「次のブルーオーシャン」に向ける。その先が米国(2029年に29億ドル市場)と韓国(競争密度がまだ低い)だ。
ベトナム消費者にとっては、街角のMixue看板が少し減るかもしれないが、残った店舗の品質は上がる可能性がある。そして地場ブランドには、奪われていたシェアを取り戻すチャンスが生まれつつある。
「市場の飽和」は終わりではなく、再編の始まりだ。ベトナムのティー市場で起きているこの変化は、消費財全般のマーケターが学ぶべき生きた教材と言えるだろう。