ベトナム新EC法が7月1日施行——VNeID売り手認証・アルゴリズム開示・24時間違反削除が義務化、TikTok Shop・Shopeeの運営コストはどう変わるか

2026年7月1日、ベトナム初の包括的な電子商取引法(Law on E-Commerce、法律番号122/2025/QH15)が施行される。2025年12月10日に国会で可決されたこの法律は、全41条・7章で構成され、EC事業者の本人確認義務からアルゴリズム情報の開示、ライブコマースの実時間監視まで、デジタル取引のあらゆる側面を規制する。推定260〜280億ドル規模のベトナムEC市場に、どのような変化が生まれるのか。

目次

新EC法の核心——6つの政策柱

法律は以下6つの柱で構成されている。

  1. EC事業者の分類と義務の明確化: プラットフォームを「直接販売型」「仲介型」「EC機能付きSNS」「マルチサービス統合型」の4類型に分類し、それぞれに異なる責任を課す
  2. マルチサービスプラットフォームとSNSの商取引規制: TikTok ShopのようなSNS一体型コマースを初めて法的に定義
  3. 外国プラットフォーム・越境セラーへの包括的義務: ベトナム国内に法人設立または法定代理人の任命を義務化
  4. 物流・決済・IT基盤などの支援サービス規制
  5. 電子契約・認証の法的基盤強化
  6. グリーン・サステナブルECの促進

プラットフォーム事業者に課される5つの新義務

義務 内容 対象
VNeID売り手認証 国内セラーはベトナム国家電子ID「VNeID」で身元確認が必須。外国セラーも身元検証が義務 全プラットフォーム
自動コンテンツ審査 違反通知から24時間以内に該当コンテンツの削除・非表示が必要 全プラットフォーム
データ保持3年 取引ログ・商品リスト・ライブ配信の録画データを最低3年間保持 全プラットフォーム
アルゴリズム情報開示 規制当局の調査時に、アルゴリズムの設計意図・ロジック・機能仕様・動作シミュレーションを開示 大規模プラットフォーム
排他的取引の禁止 特定の物流・決済サービスの強制利用を禁止 全プラットフォーム

TikTok Shop・Shopeeへの影響——EC二強に迫るコスト増

ベトナムEC市場は事実上の二強体制にある。2026年Q1時点で、ShopeeがGMVの40〜45%、TikTok Shopが25〜30%を占め、両社で市場の約97%を支配する。

TikTok Shopの成長速度は圧倒的だ。前年比69%の売上成長を記録し、アクティブセラー数は96%増の26.7万人に達した(Shopeeは32%減の21万人)。しかし、新EC法はこの急成長にブレーキをかける可能性がある。

ライブコマースの規制強化がその最たる例だ。ベトナムではオンラインショッピング利用者の約半数がライブ配信経由で購入経験を持つ。新法はKOL(キーオピニオンリーダー)とKOC(キーオピニオンコンシューマー)を「売り手」と法的に同等に扱い、プラットフォームにはライブ配信の実時間監視義務を課す。2026年1月施行の改正広告法と合わせて、インフルエンサーマーケティングのコンプライアンスコストは大幅に上昇する。

Shopeeにとっても安泰ではない。同社は独自物流「SPX Express」で注文の50%以上を自社配送しているが、新法の「排他的取引禁止」条項は、セラーに対する自社物流の強制利用を制限する可能性がある。Shopee Liveの月間視聴4.5億時間分のデータを3年間保持するコストも無視できない。

現地の反応——業界団体・法律事務所・消費者の声

ベトナム電子商取引協会(VECOM)は「ECの健全な成長には法整備が不可欠」としつつ、施行準備期間の短さ(可決から施行まで約7カ月)への懸念を表明している。

Baker McKenzieのベトナムオフィスは「外国プラットフォームにとって最大の変更点は、法人設立は不要だが法定代理人の任命が必須になったこと」と指摘。これにより、コンプライアンス・税務・消費者保護の窓口がベトナム国内に確保される。

消費者側では、TikTok Shopが4月に手数料を最大14.5%に引き上げたことで、新法施行後のさらなるコスト転嫁への警戒感が広がっている。SNS上では「規制で偽物が減るなら歓迎するが、価格が上がるなら本末転倒」との声が目立つ。

日本企業への影響——越境ECの参入障壁は上がるが、信頼性の武器にもなる

新EC法は日本企業のベトナムEC参入に2つの相反する影響を与える。

参入障壁の上昇: 法定代理人の任命義務は、日本からの越境EC出品に追加コストを発生させる。外国資本の大口出資には安全保障審査が入る可能性もあり、進出形態の選択がこれまで以上に重要になる。

信頼性の差別化チャンス: VNeID認証によるセラートレーサビリティの向上は、模倣品・偽物の排除につながる。品質管理に定評のある日本ブランドにとって、正規品であることの証明が容易になり、価格競争力ではなく品質での差別化が効きやすくなる。

ベトナムEC市場は前年比34.4%成長を続けており、規制強化が市場の成長を止めるとは考えにくい。むしろ、法整備によって「透明性の高い市場」が形成されることで、コンプライアンスに慣れた日本企業が相対的に有利になる可能性が高い。

業界への波及——ASEAN全体のデジタル規制トレンドとの連動

ベトナムの新EC法は、ASEAN域内のデジタル規制強化の文脈で読む必要がある。インドネシアは2023年にTikTok Shopの単独運営を禁止(その後Tokopediaと統合)し、タイもプラットフォーム課税を強化している。

ベトナムが特徴的なのは、アルゴリズム開示義務をアジアで先駆的に導入した点だ。EUのデジタルサービス法(DSA)に匹敵する透明性要件を課しており、今後マレーシアやフィリピンが追随する可能性がある。

日系企業にとっての含意は明確だ。ASEAN各国の個別規制に対応するコストは上がり続ける。域内統一のコンプライアンス体制を構築するか、国別の法定代理人ネットワークを整備するか、2026年後半の戦略策定に組み込むべきテーマだ。

実用情報テーブル——新EC法で日本企業が確認すべき項目

項目 現行 2026年7月1日以降 日本企業への影響
法人設立 任意 不要だが法定代理人は必須 代理人選定・契約コスト発生
セラー認証 プラットフォーム任意 VNeID必須(国内)/ 身元検証(海外) 出品手続きに時間増
データ保持 規定なし 取引・商品・ライブ配信データを3年保持 サーバー・ストレージ費用増
違反コンテンツ対応 「合理的期間内」 24時間以内に削除 監視体制の強化が必要
アルゴリズム開示 義務なし 当局調査時に設計・ロジック・仕様を開示 自社EC運営時に要対応
KOL/KOC規制 広告法で一部規制 「売り手」と同等の法的義務 インフルエンサー契約の見直し
税務 自己申告中心 源泉徴収メカニズム導入 プラットフォーム経由の自動課税
行政手続き 紙ベース中心 デジタルファースト(40%削減見込み) 申請処理の迅速化

まとめ——施行まで75日、日本企業が取るべき3つのステップ

ベトナム新EC法の施行まで約75日。日本企業が取るべきアクションは明確だ。

  1. 法定代理人の選定を開始する: ベトナム国内の法律事務所・コンサルティング会社との接触を7月前に完了させたい。Baker McKenzie、Viet An Lawなど、EC法に知見のある事務所がレポートを公表しており、比較検討の材料は揃っている。
  2. ライブコマース運用のコンプライアンスチェック: KOL・KOCとの契約内容を見直し、「売り手」としての義務を反映した条項を追加する。改正広告法との二重規制を踏まえた社内ガイドラインの整備が必要だ。
  3. データ保持ポリシーの策定: Shopee・TikTok Shop経由の販売データ、自社ECの取引ログ、ライブ配信の録画を3年間保持するストレージ計画を立てる。特にライブコマースを活用している企業は、録画データの容量と保管コストを事前に試算すべきだ。

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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