父と通った日曜の南インド食堂が、2号店ブランドになるまで

南インド料理の店「Uppu(ウップ)」が、ムンバイ郊外バンドラの1号店に続き、カルジャットのリゾート施設Oleander Farmsへ2号店を出した。創業者はアフジャ家のAaliya Ahuja氏。店名のUppuは、南インドのいくつかの言語で「塩」を意味する。出発点になったのは、父親が毎週日曜にお気に入りの南インド食堂へ行き、イドリを注文していつもの隅の席に座る、という家庭の小さな儀式だった。私的な記憶を起点に、タミル・ナードゥ/ケララ/アーンドラ・プラデーシュ/カルナータカの4州の朝食文化を一つの店に束ねたこの動きは、日本の郷土食ブランドや食品関係者にとって、地方の家庭料理を都市の市場へ持ち出す方法論として読みどころがある。

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起点となったニュース:Oleander Farmsへの2号店

Uppuは2025年にバンドラで1号店を開いた後、2軒目をカルジャットのOleander Farms内に構えた。Aaliya Ahuja氏は開業にあたり、Oleanderへの出店は「私たちのホスピタリティの旅が始まった場所」へ戻ることであり、特別な意味を持つと語っている。中心に据えているのは朝食だ。淹れたてのフィルターコーヒーに、ドーサ、イドリ、アッパムといった南インドの定番を合わせる。Ahuja家はこのUppuに加え、Saltt Karjat & Microbrewery、Common HouseといったほかのF&Bブランドも手がけている。

背景:家族の農地が180エーカーのリゾートになった

Oleander Farmsの土台は、家族が週末の隠れ家として持っていたカルジャットの農地にある。2020年のロックダウンを機に転機を迎える。ムンバイの人々が街と感染症の閉塞から逃れる場所を必要としている、という気づきから、まずレストランSalttが立ち上がった。Salttの好評を足がかりに、敷地は180エーカー規模へ拡張され、現在は46室と3ベッドルームのヴィラを備えたリゾート、そしてウェディング会場として運営されている。これを率いるのが24歳のAaliya Ahuja氏だ。

つまりUppuは、ゼロから立ち上げた飲食ブランドではない。すでに人が集まり、宿泊し、結婚式を挙げる「目的地」があり、その敷地のなかに南インド朝食という体験を一つ足した形になる。新ブランドが最初から集客装置の上に乗っている点が、この出店の構造を理解する鍵になる。

4州の朝食を一店に束ねるという編集

南インド料理とひとくくりにされがちだが、4州の朝食には明確な違いがある。タミル・ナードゥとカルナータカは柔らかいイドリの本場で、同じ料理でもタミル語では「ドーサイ」、カンナダ語では「ドーセ」と呼び名が変わる。ケララの代表格は発酵米のクレープ、アッパムで、シチューを添える。アーンドラ・プラデーシュには、米ではなく緑豆(ムング豆)を使うペサラットゥというドーサがある。フィルターコーヒーは地域を超えて朝の定番だ。

朝食の代表例 言語
タミル・ナードゥ イドリ、マサラドーサ タミル語(ドーサイ)
ケララ アッパム(シチュー添え) マラヤーラム語
アーンドラ・プラデーシュ ペサラットゥ(緑豆のドーサ) テルグ語
カルナータカ イドリ、ニールドーサ カンナダ語(ドーセ)

Uppuがやっているのは、この4州の朝食を都市の客が一度に体験できる形に「編集」することだ。地元の人にとっては当たり前すぎて店名にもならない料理を、隣り合わせに並べて違いを見せる。郷土食を都市富裕層向けに磨くとき、味を派手に作り変えるのではなく、文脈と並べ方で価値を出すアプローチである。

現地・業界の受け止め

インドの外食業界メディアでは、Uppuのカルジャット出店は「ブランドのバンドラ越え」として扱われ、目的地型ダイニングの新例と位置づけられている。報道のトーンに共通するのは、伝統レシピを作り変えず、家庭的で素朴な一皿をそのまま掲げるという姿勢への評価だ。創業者本人の言葉も、料理の革新性ではなく「日曜の儀式」という記憶の温度に寄せられている。地元の食メディアからは、Oleander Farms自体が「自然のなかの贅沢」としてリゾート目的で訪れる層を抱えているため、その敷地内に朝食特化の店が入る相性の良さが指摘されている。3者の論点はおおむね、(1)私的な記憶をブランドの核に据えた点、(2)既存の集客資産の上に新ブランドを乗せた点、(3)味を作り込まず素朴さを売る点、に集約される。

日本の郷土食ブランドへの示唆

このアフジャ家の動きから、日本の地方食ブランドや食品事業者が持ち帰れる論点は具体的だ。第一に、ブランドの核を「家庭の習慣」に置いていること。Uppuの出発点は産地でも素材スペックでもなく、父親が毎週同じ席に座る、という反復のある記憶だった。郷土食を都市へ出すとき、産地自慢ではなく「誰の、どんな日常だったか」を一つに絞ると、店名や世界観がぶれにくくなる。京都の食文化や乾燥野菜のような素材を扱う場合でも、栄養や産地の説明から入るより、その食材が誰のどんな食卓にあったかという一次の記憶を一本立てる方が、ブランドの軸として強い。

第二に、既存の「目的地」の上に新業態を乗せる順序だ。Uppuはゼロ立地で集客に苦しむのではなく、すでに人が来るリゾートの敷地に体験を一つ足した。日本で言えば、自社の直売所・宿泊施設・既存メディアといった「すでに人が訪れる場」を先に持ち、そこへ郷土食の朝食やレシピ体験を増設する発想に置き換えられる。新規顧客の獲得コストを、新業態ではなく母体側で吸収する構造である。第三に、複数州・複数地域の差を「並べて見せる」編集の手つき。一つの県の名物を単品で出すより、近接する地域の似て非なる料理を比較できる形にすると、都市の客には発見の体験になり、単価と再訪の理由が生まれる。

市場への波及

インドの都市部では、地方の郷土料理を高単価のダイニング体験に磨き直す動きが続いている。Uppuのケースが示すのは、その担い手が大手チェーンではなく、土地と家業を持つファミリーから出てきている点だ。祖父の代の農地、ロックダウンを機に生まれたレストラン、そこから派生した複数ブランド、という流れは、家業の不動産資産を体験型F&Bへ転換する典型例になっている。日本企業がインドの食・ホスピタリティ市場と組む際、相手はこうした地場のファミリービジネスである可能性が高く、商談相手の意思決定が「ブランドの物語」と「家族の資産」の両輪で動くことを前提にすると、提案の組み立てがしやすくなる。

実用情報・関連リンク

Oleander Farmsはムンバイとプネーのほぼ中間、カルジャットに位置し、週末のリゾート需要を取り込む立地にある。南インド料理ブランドの都市展開や、現地での飲食・カフェ事業の動きを追ううえで、ムンバイ近郊の他の事例も合わせて見ておきたい。高級ベーカリー業態の展開例としてはムンバイ・コラバへ進出したConcuの動きが、地方料理を都市で再構成する手法としてはハイデラバードに開いたタイ料理Baan Phadthaiの事例が参考になる。食材調達側の視点では、オーガニック食品流通の拡大を扱ったOrganic Worldの展開も合わせて読みたい。

まとめ:日本の郷土食ブランドが次に試すこと

Uppuの2号店が教えるのは、地方の家庭料理を都市の市場へ持ち出すときの順序だ。まず核になる「誰かの日常の記憶」を一本に絞る。次に、その体験を載せる「すでに人が来る場」を用意する。最後に、近接地域の差を並べて見せる編集で発見をつくる。日本の食品事業者がインド進出やインバウンド向けの郷土食ブランドを検討するなら、自社が持つ直売所・宿泊・メディアのどれを「母体の目的地」に使えるかを最初に棚卸しし、そこへ家庭の記憶を起点にした単一ブランドを一つだけ増設する、という具体的な一手から始められる。

参照元

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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