印で「都市鉱山」始動、日系の電池金属調達はどう変わるか

この記事の要約
Vedanta副会長系のN.A.N. GreenMetとベルギーのSiloxが、アンドラプラデシュ州で使用済みリチウムイオン電池をリサイクルする50:50合弁を設立した。年間最大4万トンの破砕能力を持ち、リチウム・コバルト・ニッケルなどをCAM/pCAMまで一気通貫で回収する「都市鉱山」事業だ。インドの電池金属サプライチェーンが調達と循環の両面で動き出すなか、現地に拠点を持つ日系EV・電池・素材勢にとって調達先の地図が塗り替わる節目になる。

使用済みになったEV電池を、もう一度電池の材料に戻す。その「都市鉱山」を本格的な産業規模でインドに立ち上げる動きが具体化した。インドのN.A.N. GreenMetとベルギーのSiloxが、リチウムイオン電池リサイクルの50:50合弁会社を設立すると2026年6月18日に発表した。現地に製造・調達拠点を構える日系のEV・電池・素材メーカーにとって、電池金属をどこから手当てするかという地図が静かに、しかし確実に書き換わり始めている。

目次

合弁「N.A.N. Silox GreenMet」の中身

新会社の名称はN.A.N. Silox GreenMet。インドのN.A.N. GreenMetと、ベルギーに本社を置く化学企業Siloxが折半出資する。立地はアンドラプラデシュ州で、州政府からの優遇措置と用地の確保が確認されている。事業は2段階で開発される計画で、最終的に使用済み電池の破砕能力で年間最大4万トン、湿式製錬(ハイドロメタラジー)による処理能力で年間2万トンを目指す。

回収する材料は、リチウム・コバルト・ニッケル・マンガンといった電池グレードの金属塩にとどまらない。前駆体である正極活物質前駆体(pCAM)、さらに正極活物質(CAM)までを手がける。つまり「金属を取り出して終わり」ではなく、電池セルメーカーがそのまま使える素材の手前まで一気通貫で仕上げる構想だ。供給先として想定するのはEVセルメーカー、定置用蓄電システム(BESS)、系統用ストレージである。

技術面ではSiloxが主役を担う。同社のインド法人Silox Specialties Indiaが、電池グレードのリチウム・コバルト・ニッケルを回収する独自プロセスをインド国内でパイロット規模で検証済みとしている。一方のN.A.N. GreenMetは、産業実装の遂行力と資金へのアクセスを提供する。N.A.N. GreenMetはVedanta副会長のNavin Agarwal氏が立ち上げた技術主導の製造プラットフォームで、レアアース磁石・電池リサイクル・精密発破などインドの重要鉱物と再生可能エネルギーの産業基盤を狙う。今回の合弁は、インド政府の総額150億ルピー(₹1,500 crore)規模の重要鉱物リサイクル制度の対象事業に指定されている。

なぜ今なのか — 制度が「回収」を義務化した

この合弁を単独のニュースとして読むと本質を取り逃す。背景にあるのは、インドが電池資源を「使い捨て」から「循環」へ強制的に切り替える制度設計だ。

軸になるのが2022年のBattery Waste Management Rules(電池廃棄物管理規則)である。自動車用・携帯用・産業用・EV用のすべての電池を対象に、生産者に拡大生産者責任(EPR)を課し、回収とリサイクルを義務づけた。EV電池の素材回収率の目標は、2024〜25年の70%から2026〜27年には90%(電池の乾燥重量比)まで引き上げられる。さらに2027〜28年からは、市場に出した電池の70%回収が生産者に求められる。加えて、国内でリサイクルした再生材料の最低含有率が2027〜28年の5%から2030〜31年には20%へと段階的に高まる。

もう一つの軸が、2025年1月に始動した国家重要鉱物ミッション(NCMM)だ。インドはこれまで電池金属の「消費国」だったが、探査・製錬・リサイクルまでを一貫して育てる「エコシステム構築者」へと立ち位置を変えた。リチウム・コバルト・ニッケルは有限で輸入依存度が高い。だからこそ国内回収で確保し、輸入リスクを下げる——この国家戦略の文脈に、今回の合弁はぴたりとはまる。制度が回収を義務化し、再生材の使用比率まで縛る以上、リサイクル処理能力は「あれば良い」ものから「無いと事業が回らない」ものへ変わった。

処理能力と事業の輪郭

発表された数値を整理しておく。なお投資総額は本稿執筆時点で複数ソースで一致する公表値が確認できなかったため、ここには記載しない。

項目 内容
合弁会社名 N.A.N. Silox GreenMet
出資比率 N.A.N. GreenMet : Silox = 50 : 50
立地 アンドラプラデシュ州
破砕能力(最終) 年間最大40,000トン
湿式製錬処理能力(最終) 年間20,000トン
回収対象 リチウム / コバルト / ニッケル / マンガン
製品レンジ 電池グレード金属塩 → pCAM → CAM
想定供給先 EVセルメーカー / 定置用蓄電 / 系統用ストレージ
政府支援 重要鉱物リサイクル制度(₹1,500 crore)対象
開発方式 2フェーズ展開

注目したいのはpCAM/CAMまで踏み込む点だ。CAM(正極活物質)はリチウムイオン電池のコストと性能を大きく左右する中核材料で、pCAMはその一歩手前の前駆体にあたる。破砕で得たブラックマス(電極粉)から金属を抜き出すだけなら参入は比較的容易だが、そこから電池メーカーが使える正極材まで品質を担保して仕上げるのは技術ハードルが格段に高い。合弁が金属塩で止めず正極材レンジまで取りに行く設計は、付加価値の高い川下を押さえる意図を映している。

業界の反応 — 「インド最大級」という位置づけ

各方面の受け止めには、いくつかの共通した視点がある。

  • 複数の業界メディアは本件を「インド最大級の重要鉱物リサイクル基盤」と位置づけ、単発のリサイクル工場ではなくプラットフォーム型の取り組みとして報じている。
  • 技術提供側のSiloxは、欧州で培った重要金属回収・特殊化学の知見を持ち込む形で、インド国内でのパイロット検証済みプロセスを実装段階に進める点が評価されている。
  • 政策面では、₹1,500 crore規模の重要鉱物リサイクル制度の対象に選ばれたこと自体が、政府が国内回収能力の早期立ち上げを後押しする姿勢の表れと受け止められている。

総じて、この合弁は「環境対応の善行」ではなく「資源安全保障の産業政策」として語られている。電池の脱炭素文脈とサプライチェーン強靭化の文脈が、ここで一つに結ばれている。

日本企業への示唆 — 調達地図の塗り替えが始まる

ここからが、現地に関わる日系プレイヤーにとっての本題だ。論点を分けて考えたい。

第一に、立地が「アンドラプラデシュ」である意味は小さくない。同州は日系の重要鉱物拠点とすでに縁が深い。トヨタ通商系のToyotsu Rare Earths India(TREI)が、同州ヴィシャカパトナムでレアアースの精製・加工を手がけてきた実績がある。レアアースと電池金属は別物だが、重要鉱物の製錬人材・インフラ・行政との接点が同じ州に集積していく流れは、後発の日系素材プレイヤーにとって「どの州に拠点を構えるか」の判断材料になる。集積が集積を呼ぶ局面で、立地選定の優先順位を見直す価値がある。

第二に、調達の選択肢が一つ増える。日本国内ではパナソニックエナジーと住友金属鉱山がニッケルのクローズドループ回収で連携し、2026年以降にリチウム・コバルトへ対象を広げる方針を示している。国内回収の体制づくりが進む一方で、インドのEV・二輪市場が生む使用済み電池は、現地で回収・再資源化したほうが物流とコストで合理的なケースが出てくる。インドでセル・パック・正極材を扱う日系勢にとって、今回のような現地リサイクラーは「再生材の調達先候補」になりうる。BWMRが再生材の最低含有率を2030〜31年に20%まで引き上げる以上、現地で再生材を確保できる関係を早めに作っておくことは、規制対応そのものでもある。

第三に、輸出依存の危うさを直視させる出来事が直前にあった。2025年6月、インド政府はIRELに対しトヨタ通商系TREIとの13年来のレアアース輸出契約の停止を指示した。国内需要を優先して確保するためだ。重要鉱物をめぐっては、インドが「輸出して外貨を稼ぐ」より「国内で囲い込む」方向に動く局面が現実に起きている。電池金属でも同じ力学が働けば、原料を国外に持ち出す前提のビジネスはリスクを抱える。逆に言えば、インド国内で回収から正極材まで完結させる今回の合弁モデルは、その規制リスクを構造的に回避している。日系が現地で資源循環に関わるなら、「インドから持ち出す」より「インド国内で回す」設計のほうが制度と摩擦が少ない。

第四に、組み方のお手本になりうる。今回はベルギーの技術企業(Silox)とインドの実装・資金プラットフォーム(N.A.N. GreenMet)の役割分担が明快だ。技術は外、実装と政府接点は現地——この座組みは、単独進出より参入障壁を下げる。日系がインドの重要鉱物リサイクルに関わるとき、自前で全部を抱えるのではなく、現地の制度対応・用地・人脈を持つパートナーと技術や資金で組む形が、現実的な入り口になる。

業界への波及 — EV二輪と蓄電が回収量を押し上げる

インドの電池リサイクルが立ち上がる前提には、そもそも回収される電池が大量に出てくるという見立てがある。インドはEV二輪・三輪が普及の主役で、四輪中心の先進国とは電池の母数の出方が違う。安価で台数の多い小型EVが順次寿命を迎えれば、使用済み電池の発生量は急速に膨らむ。加えて系統用・定置用の蓄電(BESS)が広がれば、産業用大型電池の回収も積み上がる。今回の合弁が想定供給先にEVセルだけでなくBESS・系統ストレージを挙げているのは、この二つの需要源を同時に取りに行く構えだ。

波及は素材産業の外にも及ぶ。回収・選別・物流を担う事業者、ブラックマスを扱う中間処理、再生材の品質を保証する分析・認証——周辺に新しいサプライチェーンの裾野が広がる。日系の商社・素材・装置メーカーには、最終製品だけでなくこうした中間工程・周辺サービスでの関与余地がある。

実用情報 — 進出担当が次に取るべきアクション

  • BWMR(電池廃棄物管理規則)のEPR義務と再生材最低含有率のスケジュールを、自社のインド事業計画に落とし込んで確認する。2027〜28年の再生材5%、2030〜31年の20%が一つの締め切りになる。
  • 国家重要鉱物ミッション(NCMM)と重要鉱物リサイクル制度の支援対象・要件を、現地法人や顧問を通じて精査する。補助・優遇の対象になりうるかで投資判断が変わる。
  • アンドラプラデシュ州をはじめ、重要鉱物の集積が進む州の用地・優遇制度を比較し、立地選定の前提を更新する。
  • JETROの電池サプライチェーン関連の場や、日印の重要鉱物協力の枠組みを活用し、現地リサイクラー・技術パートナーとの接点を早めに作る。

まとめ

N.A.N. GreenMetとSiloxの合弁は、インドが電池資源を「輸入して消費する国」から「国内で回収し、正極材まで作り直す国」へ移ろうとする転換点の象徴だ。制度が回収と再生材使用を義務づけ、国家ミッションが国内循環を後押しする以上、この流れは一過性ではない。現地で電池や素材に関わる日系プレイヤーにとって、論点は「リサイクルに関わるか否か」ではなく「いつ、誰と、どの州で関わるか」に移っている。調達の地図が塗り替わるこの局面で、規制スケジュールの逆算とパートナー探索を先回りで進めておくことが、後々の競争力を分ける。

よくある質問

N.A.N. Silox GreenMetはどこに工場を作りますか。

インド南部のアンドラプラデシュ州です。州政府からの優遇措置と用地の確保が確認されています。事業は2段階で開発され、最終的に破砕能力で年間最大4万トン、湿式製錬で年間2万トンを目指します。

CAM・pCAMとは何ですか。なぜ重要なのですか。

CAM(正極活物質)はリチウムイオン電池の中核材料で、コストと性能を大きく左右します。pCAM(正極活物質前駆体)はその手前の前駆体です。回収した金属を金属塩で止めず正極材レンジまで仕上げると、電池メーカーがそのまま使える付加価値の高い製品になります。技術ハードルは高い反面、川下の価値を押さえられます。

日本企業はこの動きとどう関わればよいですか。

三つの切り口があります。インドの電池廃棄物管理規則が再生材の使用比率を義務づけるため、現地リサイクラーは再生材の調達先候補になります。立地面ではトヨタ通商系の重要鉱物拠点があるアンドラプラデシュ州の集積が判断材料になります。組み方では、技術や資金で現地パートナーと組む座組みが参入障壁を下げます。輸出契約が政府指示で停止された前例もあり、インド国内で循環を完結させる設計が制度リスクを下げます。

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引用元:

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

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