インドの食品リテールで「店内で作る工程を見せる」型の高級グロサリーが、ムンバイに上陸した。Future Group創業家のビヤニ姉妹が手がける食の体験型ブランド「Foodstories」が、バンドラのヒルロードに旗艦店を開いたのだ。グロサリー、カフェ、ドリンクバー、そして稼働式の製粉所(フラワーミル)を1拠点に集約し、粉モノやプライベートブランド(PB)を「目の前で作る」見せ方で売る。日本の食品小売やD2C、PB開発に携わる担当者にとって、これは「店内製造の見える化」という売り方の最新サンプルになる。なぜ製粉所を店内に置くのか、それが棚の商品の価格をどう正当化するのかを、実務の視点で読み解く。
バンドラに開いた「食の体験型ハブ」の中身
Foodstoriesのムンバイ店は、バンドラ西部のヒルロードとウォーターフィールドロードの角、グロブス・ビル1階に出店した。地下と1階あわせて約10,000平方フィート(約930平方メートル)の売り場に、グロサリー棚と複数の体験型コーナーが同居する。報道によれば、ローカンドワラにも店舗が控えており、ムンバイでは複数拠点での展開が予定されている。
店内には、食材の背景を語りながら調理する「That Grocery Cafe」、水分補給とカフェインをテーマにしたドリンクの「That Bev Bar」、製菓教育で知られるシェフが手がける焼きたてコーナー「That Bake Shop」が並ぶ。さらに、生パスタをその場で作るパスタバー、ライブのスパイス挽き、ナッツの自家焙煎、注文を受けてから作るナッツバター、そして稼働式の製粉所が配置されている。買い物のついでに、原料が商品になる工程を客が目で追える構造だ。
誰が、なぜ今これをやるのか
運営の中心はアヴニ・ビヤニ氏とアシュニ・ビヤニ氏。インドの大型小売を築いたキショール・ビヤニ氏(Big Bazaarなどを擁したFuture Group創業者)の娘たちだ。2人はかつて全国10店舗規模の高級食品店「Foodhall」を率いた経験を持つ。Future Groupの再編で同事業が幕を閉じたあと、デリーのアンビエンス・モールでFoodstoriesを立ち上げ、現在はデリー・ハイデラバード・バンガロール・ムンバイの4都市に広がっている。
新しいのは、グロサリーを「棚に並べて売る」発想から、「店内で作る工程ごと売る」発想へ踏み込んだ点だ。アヴニ氏は「食は人が自分を表現する最も強力な手段の一つ」と語る。姉妹は、原料を買う行為が作り手との会話につながる場として店を位置づけている。製造の現場を客席の隣に置くことで、商品の背景にある物語(=ブランドが掲げる透明性)を、説明ではなく体験で伝えようとしている。店内の製粉は有機農場Two Brothers Organic Farmsとの連携で行われ、清浄な原料と顔の見える調達という訴求を支える。インドで広がるオーガニック食品の需要とも重なる動きだ。
「製造の見える化」が価格に効く理由
製粉所やパスタバーを店内に置くのはコストがかかる。それでも成立するのは、見える化が価格の正当化装置として働くからだ。論点を整理すると次のようになる。
| 要素 | 従来の棚売りグロサリー | 店内製造を見せる型 |
|---|---|---|
| 鮮度の訴求 | 製造日表示・パッケージ | 挽きたて・焼きたてを目の前で確認 |
| 原料の透明性 | 原材料表示に依存 | 工程と作り手を客が直接見る |
| 価格の納得感 | 他店比較で値段勝負になりやすい | 体験と物語が比較対象をずらす |
| 滞在・回遊 | 買って出るだけ | カフェ・バーで滞在時間が伸びる |
粉モノは典型的に「どこで買っても同じ」と見られやすく、価格競争に陥りやすいカテゴリーだ。ところが製粉工程を店頭に出すと、客は「挽きたて」という鮮度差と、原料の素性を自分の目で確かめられる。価格の比較軸が「g単価」から「体験つきの鮮度」へずれるため、プレミアム価格が通りやすくなる。同じ構図は、焼きたてのベイクショップや注文後に作るナッツバターにも当てはまる。
現地・業界の受け止め
インドのリテール業界メディアは、Foodstoriesを「単なるグロサリーストアを超えた、ムンバイで最も没入感のある食の目的地」と評している。F&B関係者の間では、Foodhall撤退後にビヤニ姉妹が選んだ次の一手として注目度が高い。
来店客の反応として伝わるのは、買い物と食事と作り手との会話が一カ所で完結する点への好意的な声だ。一方で、約930平方メートルに製粉所からパスタバーまで詰め込むオペレーションの複雑さや、プレミアム価格帯がムンバイの食通層を越えてどこまで広がるかを慎重に見る向きもある。実験的な業態だからこそ、デリーやハイデラバードでの先行店の収益性が、今後の多店舗化の試金石になるという見方だ。
日本の食品小売・PB開発者への示唆
このムンバイ店から日本の実務者が持ち帰れる論点は、「製造の見える化」を価格戦略として設計する、という1点に尽きる。具体的なアクションに落とすと次の通りだ。
- コモディティ化しやすいカテゴリー(粉、ナッツ、スパイス、ドレッシング等)こそ、加工の最終工程を店頭やオンラインで可視化して鮮度差を作る
- PBやD2C商品の「物語」を文章で説明する前に、原料・産地・作り手を客が確認できる導線を1つ用意する
- 滞在時間を伸ばすカフェ・バー機能を併設し、買い物単独では生まれない接点と客単価をつくる
日本でも、店内製粉や挽きたて販売、量り売りの自家焙煎は一部の専門店で根づいている。Foodstoriesが示すのは、それらを単発の話題づくりではなく、グロサリー全体の価格を底上げする中核装置として束ねる設計思想だ。乾燥野菜や粉末原料のように「鮮度と原料の素性」が訴求の肝になる商品ほど、この見せ方との相性が良い。
プレミアム食小売と体験型F&Bへの波及
Foodstoriesの出店は、インドの食物販が「価格と品揃え」から「体験と透明性」へ軸足を移しつつある流れの一例だ。プレミアム食小売の拡大や、体験型のF&B出店が都市部で相次いでおり、その文脈の中で店内製造を見せる業態は差別化の手段として広がる可能性がある。
関連する動きとして、インドの都市部では焼きたてや手作りを前面に出す食物販が支持を集め、体験そのものを売る飲食出店も増えている。製造の見える化は、こうした「過程を消費する」消費者心理と地続きにある。日本企業がインドでプレミアム食を展開する場合も、棚に並べるだけでなく、現地で作る工程をどう見せるかが立ち上げ初期の差別化を左右する。
実用情報・関連リンク
Foodstoriesのムンバイ旗艦店は、バンドラ西部ヒルロードのグロブス・ビル1階(地下・1階)に位置する。インド国内ではデリー・ハイデラバード・バンガロール・ムンバイの4都市で展開している。出店動向や業態の詳細を追う場合は、運営会社の公式情報と現地リテールメディアの続報を併せて確認したい。プレミアム食小売の動きは下記の関連記事でも扱っている。
まとめ
Foodstoriesのムンバイ出店は、グロサリーを「作る工程ごと売る」という設計を、製粉所まで店内に持ち込んで突き詰めた事例だ。日本の食品小売・D2C・PB開発の担当者がまず取るべき次アクションは、自社の主力カテゴリーの中で「コモディティ化して価格勝負になっている品目」を1つ選び、その最終加工工程を客に見せる導線を試作することだ。挽きたて・焼きたて・作りたてという鮮度差を可視化できれば、g単価の比較から抜け出し、体験と物語を価格に乗せる余地が生まれる。インドの実験は、過程を消費する時代の食物販の一つの完成形を示している。
参照元
- Time Out Mumbai – Food Stories Is Opening in Mumbai With Stores in Bandra and Lokhandwala
- Business News This Week – Foodstories Launches Mumbai’s Most Immersive Food Destination at Bandra’s Hill Road
- Business of Food – Avni, Ashni Biyani Launch Foodstories
- Foodstories – India’s Finest Food Destination
