インド西部グジャラート州の州都アーメダバードに、レバント・北アフリカ料理のレストラン「Sahtain(サフテイン)」が開業した。手がけたのはホスピタリティ企業Mann & Salwaで、創業者兼CEOはRidhi Choudhary氏。厨房はレバノン人シェフAbdullah Saeed氏が指揮し、レバントで10年以上の経験を持つ。注目すべきは、酒を出さない街に「ゼロプルーフ(ノンアル)飲料プログラム」を看板の一つとして据えた点だ。アルコール規制の厳しいグジャラートで、しかも菜食志向の強い地方都市で、異国料理をどう成立させるか。この一手は、日本のノンアル飲料ブランドや調味料メーカーがインド市場の入口を探るうえで、具体的な手がかりになる。
サフテインは何を持ち込んだのか
サフテインが入居するのは、Mann & Salwaが運営する複合施設「The Primo」。ここにはアジア・ペルー料理の「Sora」、インド料理の「Vyanj」と並んで、レバント・北アフリカ料理のサフテインが同居する。3店とも完全菜食という共通点を持ち、肉や魚を使わずに各地域の料理を再構成しているのが特徴だ。
サフテインのメニューには、シシュ・ケフタ(串焼き)とタラトール、レッドセラーノのシャッタ(辛味ペースト)を合わせた「Kefte Durum」、エジプトの定番「Koshary」、フィロ生地で包んだスパイスライス「Ouzi」が並ぶ。自家製ラブネ、ローストレッドペッパーのフムス、スモークチェリーとアーモンドのサラダといった前菜も揃う。Choudhary氏は開業にあたり、サフテインを「北アフリカとレバントのもてなしが持つ温かさと寛容さを祝う場」と位置づけ、地域の古典料理を「現代的な菜食の視点」で再解釈したと語っている。
そして飲料面では、ミクソロジストのSanyog Nikharge氏が監修するゼロプルーフ飲料プログラムを併設。「Bekaa Brew」「Golden Bloom」「Olive-Tini」「Red Sun Over Aleppo」といった、酒を使わずに中東のテロワールを表現するドリンクを揃える。アルコールを出さないのではなく、ノンアルそのものを商品体験の核に据えた構成だ。
なぜアーメダバードで、なぜノンアルか
この出店を読み解く鍵は、立地と禁酒という二つの制約をむしろ武器に変えている点にある。グジャラート州はインドでも数少ない州全域での禁酒政策を敷く地域で、飲食店はアルコール収益をそもそも見込めない。多くの外食事業者にとってこれは制約だが、Mann & Salwaは「酒がない前提でいかに高い客単価と滞在時間をつくるか」という問いに、ゼロプルーフ飲料の作り込みで答えた。
菜食という土地柄も同じ構図だ。アーメダバードは伝統的に菜食人口の比率が高く、肉魚を出さないことは選択ではなく前提に近い。サフテインはレバント料理から肉を抜くのではなく、フムスやラブネ、フィロ生地料理など、もともと野菜・豆・穀物・乳製品を主役にできる中東料理の懐の深さを使って、菜食を制約ではなく個性として提示している。
外食メディアがまとめる2026年のインド外食トレンドでも、菜食バーやノンアル飲料は「ニッチ」から「成長カテゴリー」へと位置づけが変わりつつある。都市化と可処分所得の上昇を背景に、プラントベースの食やノンアル体験への支出が伸びているという見立てだ。サフテインは、この流れを地方都市の最前線で具体化した事例といえる。
三つの制約と、それを越える設計
| 制約・前提 | 一般的な受け止め | サフテインの設計 |
|---|---|---|
| 州全域の禁酒(グジャラート) | 酒収益が見込めず客単価が伸びにくい | ゼロプルーフ飲料を看板の一つに据え、ドリンク体験で単価を作る |
| 菜食志向の強い土地柄 | 提供できる料理の幅が狭まる | 野菜・豆・乳製品を主役にできる中東料理の特性を活かす |
| 異国料理への馴染みの薄さ | 知名度ゼロから市場教育が必要 | 3業態複合のThe Primo内で回遊を生み、体験の場として打ち出す |
この表が示すのは、サフテインが「インドだから難しい」を「インドだからこう設計する」に置き換えている点だ。日本企業が同じ市場を見るとき、まず参照すべきはこの発想の順序になる。
現場の打ち出し方から読めること
運営側の言葉からは、三つの姿勢が見える。第一に、シェフAbdullah Saeed氏は「料理は文化と感情の言語であり、どの一皿にも物語がある」と述べ、味の再現だけでなく食文化ごと伝える方針を打ち出している。単品の輸入ではなく、体験の輸入を志向しているということだ。
第二に、CEOのChoudhary氏は「新しい料理を紹介する以上に、分かち合い・発見・つながりに根ざした食の体験をつくりたかった」と語る。共同で取り分ける中東の食卓文化を、家族や集団での外食が根づくインド都市部の習慣に重ねている。
第三に、飲料を専任のミクソロジストに任せた点だ。禁酒州でドリンクを副次的な存在に留めず、料理と対等な商品ラインとして設計した姿勢は、ノンアル市場を「酒の代替」ではなく独立した価値として扱う発想を映している。
日本のノンアル・調味料ブランドへの示唆
ここからが本題だ。サフテインの事例は、日本のノンアル飲料ブランドと調味料メーカーに、それぞれ別の入口を示している。アクションは抽象論ではなく、相手と組み方を一社レベルまで具体化できる。
ノンアル飲料ブランドにとっての一手は、Mann & Salwaのような禁酒州で複数業態を運営する事業者へ、ゼロプルーフ向けの原料・ベース供給を提案することだ。サフテインのドリンクはミクソロジストSanyog Nikharge氏が一から組み立てている。つまり完成品の缶飲料を売り込むのではなく、彼のような作り手が使う日本産の柚子・煎茶・梅・山椒といった素材ベースや無糖の旨味素材を、「中東のテロワールに日本の余白を足す」文脈で提案する余地がある。禁酒州はノンアル原料にとって競合の少ない実験場になりうる。
調味料メーカーにとっての一手は、菜食レバント料理という用途に絞った業務用提案だ。フムスやラブネ、シャッタのような中東の調味は、発酵・旨味・辛味という点で日本の味噌・醤油麹・柚子胡椒と親和性がある。肉魚を使わない厨房では、旨味の厚みをどう出すかが料理人の腕の見せどころになる。ここに動物性に頼らない日本の発酵調味料を、レシピ提案つきでサンプル供給する道がある。汎用の市場参入ではなく、サフテインのような「菜食×異国料理」の現場一つひとつに合わせて配合と用途を設計する姿勢が効く。
同じ外食トレンドの読み解きは、ハイデラバードに上陸したタイ料理店の事例(バーン・パッタイのハイデラバード進出)や、ムンバイ・コラバに出店したパティスリーの動き(コンスのムンバイ・コラバ出店)でも見える。いずれも「本場の作り方を変えずに、インドの都市で体験ごと届ける」点が共通している。日本のブランドが供給側として入るなら、この「作り方の核は守りたい現地事業者」を相手に選ぶのが近道だ。
市場全体への波及
サフテインの開業は、グジャラートのような禁酒州・菜食州が「外食の空白地帯」ではなく「制約特化型の出店余地」だと示した点で象徴的だ。アルコールに頼れない分、ノンアル飲料・前菜・デザート・体験設計の比重が上がり、これらの領域に強い供給業者の出番が増える。
菜食市場の広がりも同じ方向を後押しする。健康志向の高まりやオーガニック需要の拡大(オーガニック小売の店舗拡大に見られる流れ)を背景に、植物性で旨味を成立させる調味料・素材の需要は、外食と小売の両面で伸びしろを残している。日本の発酵食文化は、この需要に答えを持つ数少ない供給源になりうる。
実務として押さえる情報
サフテインはアーメダバードのThe Primo by Mann & Salwa内にあり、同施設はRajpath-Ambli Road(アンブリ地区)に立地する。Sora・サフテイン・Vyanjの3業態が同居する複合施設で、いずれも完全菜食という方針を共有している。アプローチを検討する日本企業は、まず単独店ではなくThe Primoという複合施設の運営思想ごと把握し、ゼロプルーフと菜食という二つの軸のどちらに自社の強みが噛むかを見極めるところから始めたい。
まとめ:次の一手
サフテインは「禁酒州・菜食都市でも、異国料理は体験設計しだいで成立する」ことを実証した。日本のノンアル・調味料ブランドが取るべき次のアクションは明確だ。ノンアル側は、Mann & Salwaのような禁酒州の複数業態運営者を一社特定し、ミクソロジストが使う日本産素材ベースのサンプルと配合提案を持ち込む。調味料側は、菜食レバント料理という具体的用途に絞り、動物性に頼らない発酵調味料をレシピつきで業務用サンプル供給する。汎用の「インド進出」ではなく、現場一つに対する一つの具体提案。この粒度で動けるかが、空白に見える市場で先行できるかどうかを分ける。
