英国発のクッキー専門ブランド「Ben’s Cookies」が、インド最大級の総合企業DSグループとの提携で、2026年6月にニューデリーのMeherchand Market(Lodhi Road)にインド1号店を開いた。1983年にオックスフォードで生まれ、世界85店超を展開する老舗が、初の南アジア市場に選んだのがインドだった。そして偶然ではなく、同じLodhi Colonyの通りには、国産ブランド「FES」が3階建てのクッキー専門旗艦を6月10日に開業している。狭いエリアで外資と現地勢が「クッキー単品」をめぐって正面からぶつかる構図は、インドの外食市場で何が起きているかを凝縮している。日本の食品メーカーやカフェ事業者にとっても、これは単なるお菓子の話では終わらない。
起点となったニュース:1本の通りで外資と現地が同時開店
Ben’s CookiesのインドデビューはDSグループが主導する。報道を突き合わせると、DSグループは当該会計年度内にインド全土でBen’s Cookiesを6〜8店展開する計画で、まずデリーとムンバイを起点に順次開いていくとされる。その後、Bangalore、Kolkata、Pune、Chennai、Hyderabadといった成長都市へ広げる方針だ。1号店ではミルク・ダーク・ホワイトチョコチャンクに加え、マカダミア&ホワイトチョコ、プラリネ&ミルクチョコ、ピーナッツバター&ミルクチョコなど13種類のクッキーを揃え、価格は1枚₹325(為替1インドルピー≈1.71円、2026年6月20日時点で約555円)から。ZomatoとSwiggyでのデリバリーにも対応する。
同じ通りに立つFESは、まったく異なる出自を持つ。2019年にVidur Mayor氏が創業した100%エッグレス(卵不使用)のデザートカフェチェーンで、ニューヨーク風の分厚いクッキーを看板にしてきた。今回の旗艦は「Cookie Dealer(クッキーの売人)」という架空のキャラクターの自宅を再現する設定で、1階を注文と焼きたて提供の「ショップ」、2階を長居できる「ロフト」、3階を世界観を投影する「ラボ」として構成する。FESは直近で12 Flags主導の約100万ドルのpre-Series A(既存投資家Wolfpack Labsも参加)を調達し、FY27までに100店という目標を掲げている。外資の資本力と、現地スタートアップの文脈理解が、文字通り隣り合わせで競い始めた。
背景:デザートが「ついで」から「目的」に変わった
この同時開店を理解する鍵は、インドのデザート消費が構造的に変わってきた点にある。これまでクッキーはベーカリーやカフェの「添え物」だった。コーヒーを頼んだら横についてくる存在で、それ自体を目当てに人が動くことはほとんどなかった。FESが繰り返し語るのは、クッキーを「ベーカリーのアドオンから独立した消費形態へ」引き上げるという発想だ。デザートそのものが来店動機になる――この転換が、単品特化業態を成立させている。
同じ流れは、デザート以外のカテゴリーでも先行して観測できる。インドのアイスクリーム王者Naturalsは果実主体の単一商材で170店超を築き、タピオカ専門のBoba Bhaiは2年半で100店を達成した。「1つのデザートに絞り込み、それを文化に育てる」というプレイブックが、複数のカテゴリーで再現されている。クッキーはその最新の舞台にすぎない。FESの100店構想やBen’s Cookiesの都市横断展開は、この成功パターンを意識した動きと読める。
なぜ今なのか。インドの都市部では可処分所得を持つ若い層が増え、SNS映えする店舗体験への支出意欲が高い。FESが3階建てに「隠しイースターエッグ」や音楽プログラムを仕込むのは、商品ではなく体験を売るためだ。一方でBen’s Cookiesは「英国の職人ブランド」という権威性で勝負する。同じ単品でも、訴求の軸が真っ向から分かれている点が興味深い。
検証できる数字と出店計画の比較
両ブランドの輪郭を、確認できた数字だけで並べると差がはっきりする。
| 項目 | Ben’s Cookies(外資) | FES(現地) |
|---|---|---|
| 創業 | 1983年・英オックスフォード | 2019年・インド |
| インド展開主体 | DSグループとの提携 | 自社(Vidur Mayor氏) |
| クッキー | 13種・₹325〜(約555円〜) | NY風チャンク・100%エッグレス |
| 当面の出店計画 | 当該会計年度に6〜8店、デリー・ムンバイを起点に順次 | FY27までに100店目標 |
| 次の都市 | Bangalore/Kolkata/Pune/Chennai/Hyderabad | Tier1・Tier2都市 |
| 直近の資金 | DSグループの自己資本 | 約100万ドルpre-Series A |
注目すべきは「エッグレス」という一語だ。FESが100%卵不使用を前面に出すのは、インドにベジタリアン人口が厚く、卵を避ける層が無視できない規模で存在するためだ。これは英国レシピをそのまま持ち込むBen’s Cookiesにはない、現地最適化の武器になる。出店速度ではDSグループの資本が有利でも、レシピの土着性ではFESに分があるという、非対称な競争が始まっている。
業界と消費者の反応
市場の受け止めは、おおむね3つの方向に整理できる。
- 外食業界からは「クッキーが独立したカテゴリーとして成立し始めた」という見方が出ている。FES側は、自社のねらいが単にクッキーを売ることではなく「クッキーを中心とした習慣(カテゴリー)を作ること」だと明言しており、業態定義そのものを動かそうとしている。
- 投資家の判断も具体的だ。12 FlagsがFESのpre-Series Aを主導し、既存のWolfpack Labsも追随した事実は、単品デザート×体験型店舗というモデルに資金が付くことを示している。話題性だけでなく、単品デザート業態の拡大余地そのものが投資家に評価され始めたサインと読める。
- DSグループがZomatoとSwiggyでのデリバリーを同時に走らせる点には、消費者の「家で食べたい」需要を取りこぼさない狙いがある。店舗体験で集客しつつ配達で裾野を広げる二段構えは、プレミアム単品をマス化させる現実的な設計だ。
1枚₹325という価格は、インドの日常的な菓子の感覚からすれば明確にプレミアム帯にある。それでも両社が強気なのは、デザートを「ご褒美」や「ギフト」として位置づける消費が都市部で根付いてきたからだ。Ben’s Cookiesがギフト用の詰め合わせ棚を店内に設けるのは、その需要を取りに行く具体策にあたる。
日本企業への示唆:単品特化×プレミアム、そして組む相手
ここからが本題だ。日本の食品メーカーやカフェ事業者がこの事例から引き出せる学びは、大きく2つある。
1つ目は、インド攻略では「絞り込み」が武器になるという点だ。日本企業は商品ラインを広く揃え、品質の総合力で勝負しがちだ。だがインドの単品特化業態の成功は逆を示している。1つのデザートに資源を集中し、それを文化として育てるほうが、認知も来店動機も作りやすい。たとえば抹茶スイーツ、どら焼き、和風クッキーといった日本由来の単品を、ラインの1つとしてではなく「その店の主役」に据える発想だ。和の素材は健康・上質のイメージを持ち、₹325帯のプレミアム価格を正当化しやすい。German Doner Kebabが「ケバブ」という単一フォーマットでインドに参入したのと同じ理屈が、和スイーツにも応用できる。
2つ目は、組む相手の設計だ。Ben’s Cookiesは自前で出店せず、DSグループという現地の流通・資本基盤に乗ることでいきなり6〜8店規模の計画を描けた。一方でFESはエッグレスという現地適応を自社で握っている。日本企業に求められるのはこの両面だ。出店スピードと不動産・許認可は現地パートナーに委ね、レシピのローカライズ(卵・乳・スパイス対応)は自社の競争力として手放さない。丸ごと現地任せにすると味の独自性が薄れ、全部抱え込むとスピードで負ける。Ben’sとFESは、その2つの極を同じ通りで実演している。
日本の乾燥野菜や和素材を扱う立場から見ても、原料供給というより「単品ブランドの中身として組み込まれる」入り方のほうが現実的だ。完成した業態に和の一品を差し込むサプライヤー戦略は、自社で店を出すより資本リスクが小さい。
市場への波及
クッキー単品の独立業態化は、隣接カテゴリーへ連鎖する可能性が高い。アイス(Naturals)、タピオカ(Boba Bhai)、そしてクッキー(Ben’s・FES)と来れば、次はクロワッサン、ドーナツ、和菓子といった単品が同じプレイブックで業態化していく流れが見える。プレミアム単品デザートは、ラグジュアリーブランドのカフェ進出とも地続きだ。米Tory Burchがニューデリーに「The Romy Café」を開いたように、ブランド体験の入口としてデザートカフェを使う動きも強まっている(Tory Burch「The Romy Café」がニューデリーに)。クッキー1枚を起点に、外食とブランドとギフトの境界が溶けていく。
日本企業にとっての時間軸も見えてくる。DSグループのBen’s Cookiesがデリー・ムンバイから5都市へ広げるのに合わせ、プレミアム単品デザートの消費地図が今年中に複数都市へ拡大する。参入を検討するなら、市場が固まる前の今が観察と現地パートナー探しの好機だ。アイス単品で全国網を築いたアイス王者Naturalsの拡大や、タピオカで急成長したBoba Bhaiの100店達成は、単品特化がどこまで伸びるかの先行指標になる。
実用情報:インド外食参入で見るべき視点
この事例を自社の検討に落とし込むなら、次の論点を押さえておきたい。
- 主役にする単品を1つ決め、それを文化・習慣として語れるストーリー(FESの「Cookie Dealer」のような世界観)を用意できるか。
- 卵・乳・肉に関する食制限への対応を、参入前提として設計に組み込めているか。エッグレスは制約ではなく差別化要因になりうる。
- 出店・許認可・不動産を担う現地パートナーと、味の独自性を握る自社の役割分担を、契約段階で線引きできているか。
- ZomatoやSwiggyといった配達基盤を、店舗体験と並行して初日から走らせる準備があるか。
- ₹325帯のプレミアム価格を支える「ギフト・ご褒美」需要が、狙う都市・客層に存在するか。
まとめ
デリーのひとつの通りで起きた外資と現地の同時開店は、インドのデザート市場が「単品特化×プレミアム×体験」という新しい型に入ったことを告げている。Ben’s Cookiesは英国の権威と現地パートナーの資本力で、FESはエッグレスという土着性と世界観で、同じクッキーを別の角度から攻める。日本の食品企業が学ぶべきは、商品を広げるのではなく1つに絞り込む勇気と、現地パートナーと自社の役割を明確に分ける設計だ。和の単品は、上質さとヘルシーさという文脈をすでに持っている。問われているのは、それをインドの「主役商材」として打ち出せるかどうかだ。
参照元:
TimeOut Delhi「Delhi’s cookie boom: Ben’s Cookies & FES open in Lodhi Colony」
Curly Tales「UK’s Iconic Ben’s Cookies Makes India Debut」
Hospitality News India「Ben’s Cookies Opens First India Store in Delhi」
Indian Startup News「FES Cafe raises $1 million」
