スタバがベトナムで茶を淹れる日――コーヒー最大手の現地化に学ぶ

コーヒー専門店として13年間ベトナムで営業してきたスターバックスが、正式にミルクティー(現地名「チャースア」)をメニューに加えた。黒茶・烏龍茶・ほうじ茶をベースに、オートミルクやコールドフォーム、こんにゃく粉末のトッピングを組み合わせる構成で、フックロン(Phuc Long)やゴンチャ(Gong Cha)といった既存チェーンがひしめく茶飲料市場へ足を踏み入れる。同社代表は「既存チェーンとの直接対決とは見ていない。あくまで飲料カテゴリーの拡張」と位置づけるが、コーヒー最大手の外資が現地の看板飲料を取り込んだ意味は小さくない。ベトナムで飲料・食品事業を検討する日本企業にとって、これは「メニューのローカライズをどこまで踏み込むか」という問いへの、生きた回答例になる。

目次

スターバックスが「本業の外」に出した一手

今回投入されたのは、3種の茶葉をベースにしたミルクティー群だ。コーヒーチェーンがコーヒー以外の主力商品を看板メニュー級で扱うのは、ベトナムのスターバックスにとって象徴的な転換にあたる。同社代表は当面、売上目標よりも「顧客フィードバックの収集と体験改善を優先する」とコメントしており、収益貢献より市場学習を狙ったテスト投入の色が濃い。

興味深いのは、直接対決を否定しつつ商品としてはトッピング競争の土俵に乗っている点だ。オートミルクやこんにゃく系トッピングは、現地でフックロンやゴンチャ、コイテ(Koi The)が磨いてきた領域である。表向きは「選択肢の追加」でも、実態としては現地チェーンと同じ棚を取りに行く動きになる。

なぜ今、コーヒーの巨人が茶に動くのか

背景には、スターバックスがこの数年で進めてきた現地化の積み重ねがある。2023年末に経営体制を刷新して以降、同社はソルトコーヒー(塩コーヒー)やココナッツコーヒーなど、ベトナム人の嗜好に寄せた商品を段階的に投入してきた。ミルクティーはその延長線上にある、いわば現地化の総仕上げだ。

ベトナムの茶飲料市場は、飲みものというより社交とライフスタイルの文化として根づいている。学生から会社員まで、午後の一杯として「チャースア」を選ぶ層は厚い。コーヒー一本足では取りこぼしてきた需要を、既存の店舗網とブランド力で刈り取ろうという判断だ。ベトナムのコーヒー文化そのものが分厚いことは、ハイランズコーヒーが1,000店舗を達成し年1億杯を売るという現地チェーンの規模感からもうかがえる。その巨大な外食・飲料需要のなかで、スターバックスは自社の弱い茶カテゴリーを補強しにきた。

市場規模は「17億ドル」ではない――検証した数字

この参入を語る際に注意したいのが、市場規模の数字だ。ベトナムのバブルティー(「新式茶飲」)市場は、シンガポールのコンサルティング会社モメンタム・ワークスと決済スタートアップQlubの調査で、年間およそ3億6,200万ドルとされる。これは東南アジア全体の年間36億6,000万ドル規模のうち、ベトナムが域内3位を占める水準だ。

市場(東南アジア) 年間支出額の目安 域内順位
インドネシア 約16億ドル 1位
タイ 約7.49億ドル 2位
ベトナム 約3.62億ドル 3位
東南アジア合計 約36.6億ドル

ベトナム単体の茶飲料市場を「17億ドル級」と紹介する情報も見かけるが、複数ソースで裏が取れる数字は年間3.6億ドル前後だ。日本企業が事業性を判断するなら、過大な市場規模の数字に引きずられず、この検証済みの水準で試算するのが安全だ。なお店舗網の規模でいえば、スターバックスのベトナム店舗は16の都市・省にまたがるおよそ125店(2025年初時点)。数千店規模の現地ミルクティーチェーンと比べれば、店舗数では圧倒的に少数派である。

現地・業界はどう見ているか

外食ビジネスの専門家は、フックロン、フェラ(Phe La)、ゴンチャ、コイテといった既存プレイヤーがすでに顧客の嗜好と消費習慣を深く理解している点を指摘し、スターバックスは「トッピング勝負ではなく“スターバックス流の上質なミルクティー”として差別化しないと埋没する」と提言している。価格でも店舗密度でも現地チェーンに分がある以上、ブランド体験で勝負するしかないという見立てだ。

皮肉が効いているのは競合の顔ぶれである。スターバックスベトナムを10年以上率いた元トップは、現在は競合であるフックロンの経営を率いている。ローカル飲料の作法を知り尽くした人物が向かい側に立つ構図は、外資が現地の茶市場でどれほど手強い相手と戦うかを物語る。SNS上でも「スタバでミルクティーを飲む理由がわからない」という冷めた声と、「話題性で一度は試す」という声が入り混じり、評価は割れている。

日本の飲料・F&B企業が読み取るべき示唆

この一件から日本企業が持ち帰れる実務的な学びは、「ブランドの核を守りながら、現地の看板カテゴリーをどこまで取り込むか」という設計思想だ。スターバックスは自社の強み(ブランド・店舗体験・品質管理)を土台に、あえて弱い茶カテゴリーへ踏み出した。丸ごと現地化して安売り競争に巻き込まれるのではなく、上位価格帯の体験商品として茶を再定義しようとしている。

日本の飲料メーカーや外食チェーンがベトナムで商品を投入する際も、同じ問いに直面する。日本流の味・製法をそのまま持ち込むのか、それとも現地の「チャースア文化」に接続した商品を別ラインで用意するのか。スターバックスの答えは後者に近い。ローカル需要のど真ん中に、自社らしさを乗せた商品を差し込む――この折衷が、外資が現地の食文化市場に入る際の現実的な着地点になる。外食業態そのものが地方都市へ広がっている流れは、ベトナムのファストフードが1,156店へ拡大し地方シフトが鮮明になったデータにも表れており、都市部だけでなく地方の嗜好まで見据えた商品設計が問われる。

茶飲料市場への波及と競争の行方

スターバックスの参入は、既存チェーンにとって「価格競争の相手が一社増える」以上の意味を持つ。上質路線を打ち出すことで、ミルクティーの上位価格帯という、これまで手薄だった帯域に光が当たる可能性があるからだ。中国系チェーンが低価格で市場を席巻してきた一方、そのモデルにも転機が見え始めている。ミーシュエ(Mixue)が東南アジアを縮小して米国・韓国へ向かう動きは、低価格一辺倒の消耗戦がベトナムでも限界に近づいていることを示唆する。低価格帯が飽和するなか、体験と品質で差をつける中〜高価格帯には、まだ余地が残されている。

日本ブランドにとっては、この「上位帯の空き」がヒントになる。緑茶・ほうじ茶・和素材といった日本ならではの茶文脈は、価格競争ではなく物語で売る商品と相性がよい。スターバックスが切り拓こうとしている上質ミルクティーの帯は、日本のF&B企業が独自性で入り込める余地のある領域だ。

実務で押さえるべきポイント

  • 市場規模はベトナム単体で年間およそ3.6億ドル。過大な数字に基づく事業計画は避け、検証済みの水準で試算する。
  • 現地の茶飲料市場はトッピングと嗜好の作法が確立している。安売り競争に乗るより、ブランド体験や独自素材で上位帯を狙う設計が現実的。
  • ローカライズは「丸ごと現地化」ではなく「自社らしさ+現地文脈」の折衷が有効。別ライン・限定投入でまず反応を測るテスト運用が効く。
  • 店舗網では現地チェーンに数で劣る。既存の店舗資産やブランド認知を武器にできるかが、後発参入の成否を分ける。

まとめ――次の一手をどう設計するか

スターバックスのミルクティー参入は、外資がベトナムの食文化市場に踏み込むときの教科書的な事例だ。核となるブランドを崩さず、現地の看板カテゴリーへ上質路線で切り込む。この設計は、これからベトナムで飲料・食品を投入する日本企業がそのまま参考にできる。次の一手として現実的なのは、(1)ベトナムで狙うカテゴリーの現地作法(味・トッピング・価格帯)を1つ選んで棚を観察すること、(2)自社の強みを乗せた限定商品を小さく投入して反応を測ること、(3)検証済みの市場規模に基づいて事業性を判断すること――の3点だ。市場規模の数字を鵜呑みにせず、現地の嗜好に自社の物語をどう接続するかを詰めることが、後発参入の勝ち筋になる。

参照元

この記事を書いた人

大手総合商社にて約8年間、グループ子会社の経営改革や出資先スタートアップとのJV設立を担当。その後インド駐在として、日系大手飲食チェーンのインド展開に従事し、現地に合わせたメニュー開発やマーケティングを推進。

目次